レポート

イラン旅行記(1999)の目次です。

公開日 : 2009年09月30日
最終更新 :

1999年にアジア横断をしたときに、イランを通過しました。
そのときの話を、一応、まとめました。

イラン旅行記(1999)目次
http://homepage3.nifty.com/worldtraveller/asia/iran.htm

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IRAN (1999)の目次

『世界旅行者のイラン旅行記(1999)について』

『アジア横断旅行(瀬戸内海から地中海へ)1999』

イランビザを個人で取った話 イランと僕の怪しい関係 イランビザは個人でも取れる イランビザの情報を公開する

『朝一番で、タフタン(パキスタン)からミールジャーベ(イラン)の国境を超えたが、何にもない』

1999年のイランリアル両替の実例(イラン入国前)

1999年のイランリアル両替の実例(イラン入国後)

『ミールジャーベの国境からタクシーでザヘダンのバスターミナルへ』@イラン

『ザヘダンから、テヘラン行きのバスに乗って、5時間でバムで降ろされる』@バム/パキスタン

『バムの「バムイン(BAM INN)」に落ち着いて、町を歩くがバムには何にもない(涙)』@バム/イラン

アルゲバム 【世界旅行者は、イラン大地震で崩壊する前のアルゲバムを訪れ、貴重な写真を撮っていた】

アルゲバム 【世界旅行者は1999年のアジア横断旅行のときに、アルゲバムを訪れ「死の町」を1人で歩き神の声を聞いた】

町を歩くとハロー攻撃で、冷や汗びっしょり@バム/ケルマーン州/イラン

『バムの「アルゲバム(ARGE BAM)」を大急ぎで見て、バスに乗って、とっととケルマーンへ』@イラン

『ケルマーン(KERMAN)のアハバーンホテルに宿を決め、町の中心部へ歩き出す』@ケルマーン/イラン

『ケルマーン(KERMAN)を歩いて、イラン人は結構吹っかけることを知る』@ケルマーン/イラン

『バスターミナルへ行ったが、疲れていたので、翌日のバスに乗ると決める』@ケルマーン/イラン

『ホテルの部屋で一日寝て過ごし、夕食時に日本人旅行者に会う』@ケルマーン/イラン

『ケルマーンからシーラーズへ10時間のバスで到着し宿を決め、町を歩く』@シーラーズ@イラン

『シーラーズからエスファハンへの航空券がたった千円って、こりゃ飛行機使わない方がおかしいよ(笑)♪』@シーラーズ/イラン

ペルセポリス 【世界三大ガッカリの候補のトップに入るのがペルセポリス。世界旅行者は道端で止めたタクシーで行った】

ペルセポリス(Persepolis)遺跡の全景写真と、遺跡の印象、交通費、入場料など(1999年8月)

ペルセポリス遺跡に人気がない理由は、もともと崩壊した石材自体がないから(!?)@シーラーズ/イラン

『ペルセポリスへタクシーで往復し、両替して、イラン映画を見て、部屋のエアコンに文句を付ける』@シーラーズ/イラン

『シーラーズからエスファハーン(イスファハン)へ飛行機に乗り、空港と町のタクシー料金に悩む』@イラン

『エマーム広場は、無駄に広くて、ただ疲れるだけとわかった』@エスファハーン/イラン

エマーム寺院 【エマーム広場のエマーム寺院に荷物を預けたら、きっちりと金を半分だけ抜かれた】
 
『アジア横断の前半40日間で16万円使ったことを確認する』@エスファハーン/イラン

『エスファハン~テヘラン、テヘラン~タブリーズの切符を予約して、ジャーメモスクを見る』@エスファハーン/イラン

『テヘランの空港から乗ったタクシーと話が通じないので、歩いていくと決意して、テヘランの街角で降りる』@テヘラン/イラン

『道を聞いて、夜のテヘランを歩き、親切なアゼルバイジャン人に助けられて、日本人宿「カザールシー」へ』@テヘラン

『テヘランの日本人宿「カザールシー(ハザール・シー、バフレ・ハザル)」には、期待していた日本人旅行者がいなかった』@テヘラン/イラン

日本がサッカーでイランに勝てない理由 【テヘランには信号がない。歩行者はタクシーの流れをかわして渡るのでサッカーが上手になる】

『テヘランを歩き、両替をして、イラン考古学博物館を見て、飛行機でタブリーズへ』@イラン

『タブリーズで、宿を決めて、名所を歩き、寝ようとしたら、目覚し時計を忘れていた』@タブリーズ/イラン

アルゲタブリーズ@タブリーズ 【テヘランから飛行機でタブリーズに入ったが、何もないところだった】
 
『タブリーズの宿で蚊が飛び、ダニかノミに攻撃されて一睡も出来ず』@タブリーズ/イラン

タクシーでマークーへ 【タブリーズからバスに乗るつもりだったが、タクシーを一台借り切って、トルコ国境のマークーへ】

マークーイン(MAKU INN)に一泊する@マークー/イラン

イランからトルコへの国境越え@バザルガン/イラン

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1件のコメント

  • イラン旅行(1999)の特徴。

    僕のイラン旅行の特徴を挙げておくと。

    1)個人で取れないといわれていたイランのビザを、自分でイラン大使館へ行って、自分で取ったこと。

    2)パキスタンからイランへ陸路国境(タフタン・ミールジャーベ国境)で入国した。

    3)イランからトルコへも陸路国境(バザルガン・グルブラック国境)で出国した。

    4)2003年の大地震で崩壊した「アルゲバム」を崩壊前に歩き、写真を撮った。

    5)宿も交通機関も、すべて現地でその場で見つけている。

    6)僕が旅をした1999年は、特に交通費がメチャ安かった(旅行記の中で具体例を挙げています)ことが話のネタです。

    7)1999年のイランリアルのレートは「千リアルが12円」でした。
    2009年も、レートは大きな変化はありませんが、イランの物価自体が3倍くらいになってます。

    現在(2009年)では、日本人旅行者の誘拐事件もあり、パキスタン・イラン国境には外務省の「退避勧告」が出ています。

    さらには、イランの国内政治が不安定です。
    また、イラン核開発問題がどう進展するかわかりません。

    イラン旅行の前には、再度、現地状況を確認ください。

    みどりのくつした

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