インド行ってきました。 ~その1 到着・ムンバイ観光~

アメリカ出張から帰国。中2日でインドに向けて出発。この間にメールのやり取り(予約のリコンファームなど)やバウチャー類、ちょっとした資料をプリントアウトする。

第1日め:関空~クアラルンプール~ムンバイ(マレーシア航空)

 どうせ機内は寝るだけ。4人掛け1列占拠は無理だったものの、結構空いていて2人掛け独り占めは可。少し縮こまりながらも横になって寝る。かなり寒い(クーラー効き過ぎ!)。ブランケットの追加をもらう。
帰りにクアラルンプールで17~18時間あり、市内観光するつもりだったので、乗継時にちょっと空港内を視察&情報収集。

 夜着&空港~ホテルの移動が最難関(特にデリー)と言われるインドなので、ホテル&送迎は予約済み。(というか今回はすべてホテルは予約してある。)
市内観光に便利な位置のホテルはどこも高い。(通常僕たちのスタイルは、1泊1部屋が、物価の安いところor郊外のモーテル=$30~$100、高いところ=$100~$150くらいのホテルが目安。最近はいわゆるバックパッカー御用達の安宿には泊まらない。)
で、どうせ高いならというわけで、一点豪華主義で、ランドマークにもなっているタージマハルホテルにした。

 入国&送迎&移動は問題なかったが、空港からは結構遠く、夜11時だというのに道は結構込んでいて、部屋に着いたのは12時。
シャワーを浴びて寝る。


第2日め:エレファンタ島観光&市内ブラブラ。

 朝食後、道を渡ってインド門へ。道を渡るだけでも一苦労。(歩行者がいても車は止まらない。もちろん信号なんてない。車が途切れるのを待っていると、タクシードライバーが「観光しないか?」って寄って来る。インド門前の広場には物乞い・物売り(つまらない土産物屋が多かったが、特に不思議だったのが直径1m位の巨大風船?ビーチボール?を売るヤツ&かなり長い鞭を売るヤツ(道を叩いてビシビシ音を立てていた。痛そう・・・。)。こんなにかさばるものを買う観光客っているの?)・写真屋(インド門をバックに写真を撮ってやるから金よこせと言う手合。)が、いっぱい。とにかく言い寄ってくる。「これがインドか・・・。」(後で考えると、まだまだ甘い!)と思いながら、インド門の記念撮影&一周グルッと見て回って、裏側の船着場へ。

 ボラれることもなく(周りのインド人がいくら払うかをチェック!実はチケットにも金額が書いてあった。)、往復のチケットを買う。フェリーは、アッパーデッキもあるのだが、はしごを上ろうとすると、「追加料金払え!」と言ってくる。かなり高い額を言うので諦める。(外国人)観光客は、ほとんどの人が上ろうとしては、「金払え!」攻撃を食らって諦めている。かなり長時間言い合いをしていた白人のおっさんがいたが、結局諦めたみたいだ。結局アッパーデッキは無人のまま、出航。何じゃこいつら・・・。
 1時間くらいでエレファンタ島着。遺跡はかなり破壊されたり風化が進んでいるものも多いが、なかなかグッド!写真撮影は可能だが、フラッシュを使うと「金払え!」と寄って来る輩がいた(やられている人多数)ので、こちらはフラッシュなしでがんばる。あと勝手に説明して、終わってから「金払え!」と言うヤツの多いこと。当然相手にしない。(説明し始める前に一応、要らん!と言って断っているのだが、それでも勝手に横についてしゃべる。)

 エレファンタ島を十分堪能して、フェリーで戻る。いったんホテルに戻ってトイレを済ませ、予約した鉄道のチケット(送付先をホテルにしておいた。もちろん、メールにてホテルにも確認済み!)を受け取る。(チェックイン時は夜遅すぎて、保管金庫の鍵を管理している担当がいないとのことだった。)
 時間は3時、結構中途半端。博物館に行っても閉館まで2時間半くらい。かなり大きな博物館であること&博物館系では時間をかけてしまう我々には無理か・・・。
 というわけで、ブラブラ散歩しながら、一応世界遺産ということでC.S.T.駅(旧ヴィクトリア・ターミナス)へ。途中のボンベイ大学や裁判所などヴィクトリア様式の建築物が多く、楽しめた。道中も危険な感じはなく、道は汚いが特に嫌な感じもない。それより空気が汚い。快晴らしい(確かに雲は一つもない)が、青空というより霞んだ感じ。

 まだ時間が早いが、後の見所はかなり離れているので、夕食にする。道すがら見つけた食堂って感じのところへ。パールスィー料理?というゾロアスター教の人たちの食堂だった。酒を飲めないのがちょっとショック(ドバイ以来か)。安食堂って感じの店だったが、味はまあまあ。食後、豪華な食器で手に水をかけて洗わせてくれる。宗教で水も神聖なものとしているそうだ。結構面白かった。

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