それで あなたは・・・なにを。 それでも あえて言わせていただきます。 なんにもしないよりも そうしたいと思う人に拍手を送りたいのです。 黒柳オバサンの格好に反応するよりも あのオバサンがなにはともあれ その場に出かけていって それが何がしかの関心を世間に広めるのならば 茶の間に座って文句をいっているよりもプラスだと思うことにしました。 思いがあるならば それが無駄であるはずがありません。自己満足なんてつまらない言葉でたじろぐことはありません。 人はなべて自己満足をもとめて生きているのでは・・・。 お金を寄付する方がいいなんてことはありません。 もちろん 寄付も一つの行為であり かつ大切な自己満足の一つではありますが・・・。
Re: それで あなたは・・・なにを。 >黒柳オバサンの格好に反応するよりも 考えようによっては、「貧乏な国だから」ランクを落として日頃の服装をやめるのも、どうかと思うのであります。 (だって、いったいどういう服装が正しいというのでしょう。あれがあの人の「普通」なんだろうに) 私は ぼうふらおじさん達のお説のほうに賛成。 私は寄付をする部類の人間ですが、自己満足で大馬鹿で結構。 何も全世界を変えようと思ってるわけでもないし、小さいことをボチボチ重ねるだけだ。こっそりとね。 (自慢よりも、こっぱずかしいわ、寄付なんて) ・・・・思うのですが、すぐ「自慢のために」「自己満足に」と話をつなげる人って、実は自分の中に「自慢」に引っかかる要素があるんじゃないでしょうか? 自慢ということに限らないけど、ある事柄について「そんなこと考えない」人には、思い浮かびもしないものですから。 「えっ。へえー、そういう見方をする人もいるんだ・・・・意外。」ぐらいの感じで。
そんな瑣末なこと考えるまでもありません ミロ子さんへ ボランティアするのに正しい服装とはで、こだわっているようですが考えるまでもありません。 動きやすく汚れてもいいような機能性の高い服装に尽きるのではありませんか。 たとえばジーンズとシャツみたいな。 オードリー・ヘプバーンが晩年、ボランティア活動にかなり積極的だったのは有名な話です。 ユニセフ特別親善大使になり、エチオピアやソマリアに赴き、病院や孤児院、難民キャンプなどを訪れています。 なにかで見ましたが、彼女はジーンズとシャツといったありふれた服装だったと思います。 社会的地位がいかほどのものであろうと、場を考えればそれが「普通」の範疇に入るのではありませんか。 逆にいえば、徹子の天使みたいな純白のドレスは明らかに「場違い」であった。 テレビに登場する徹子は、最近では和服姿が多いようですが、あのアフリカでの純白のドレスは普通ではなく常軌を逸していたものでした。 つまり、あたかも自分が天から舞い降りた人物であるかのように徹子自身が演出してみせたかった。 はたして思惑どおり、その場にいる子供から大人まで、ひいては各メディアから好評を得たか定かではありませんが。 そうした、上から下を見おろすかに受けとめられる服装は、途上国においては褒められたものではない。 しかし、それは社会的に影響力をもつ人についてのこと。 ですから、私たち庶民がボランティアするにつけて、どんな服装が相応しいのかと思い悩む必要はまったくないわけです。
Re: それで あなたは・・・なにを。 ぼうふらおじさんへ 私がなにもしないでただ海外ボランティアを目指す人を批判しているにすぎないのではないかとのご指摘なら やむおえません。 自分のことを申しあげましょう。 私は学生時代から身障者の介護ボランティアのグループに参加して、及ばずながら活動してきました。 また、現在はある町のホームレスの支援活動をしています。 直接現場まで行く暇がないときは、団体を通じて毛布などの不要品を送ったりしています。 東京では山谷、大阪では愛隣地区(釜ガ崎) がホームレスの溜まり場として全国的に名が知れています。 大阪では先日、公園のテント村を強制撤去されました。 ビニールテントに住まいを構えられるだけのホームレスなら、まだ恵まれたほうです。 彼らはまさに弱肉強食の世界で生きています。 つまはじきにされた者は、街中を徘徊してゴミ箱をあさり、ビルの軒先でこの寒空の下、ごろ寝をしなければなりません。 ホームレスが大勢いる公園に出向いて、炊き出しをするのを手伝う。 街頭を夜回りして、路上生活者が飢えていたり病気になったりして危機に瀕していないか確かめるのも大切な仕事です。 おおやけにされないだけで毎年、冬の寒さに耐えきれずに飢えや病から死んでいく路上生活者がいるのですよ。 世間では、やれ新機種のケータイに代えたとか、i-pod を買ったとか浮かれているのに、 最底辺に位置する人たちは、自分の命すら守れずに死んでいくのですよ!! 不条理な世界は、はるか彼方の異国に行かなくとも、自分たちが住むこの日本に、この町にあるのです。 海外でボランティアをしたいという者に対して、すべて自己満足であるとカテゴライズするのは間違っています。 しかし、少なくとも海外旅行するだけの余裕があるのだから、一言申しあげたい。 ボランティアしたいという意志があるならば、まず自分の町にある老人ホームを訪ねて下さい。 仕事はいっぱいあります。お年寄りのオムツの交換をして下さい。 自由な時間があるのなら、またしても寒波が襲来します。北海道、東北はじめ日本海側の地方は大雪で困っています。 雪かきのボランティアに出向いて下さい。 そうしたいと思っているのでしょ!! だったら、わざわざ海外なぞに行かなくても、この日本で不自由、困窮生活を送っている人をまず助けて下さい。 もし、そんな地味でダサイことしたくないと思っているのなら その人に本当にボランティア精神があるのか。私は疑いますね。
地味でダサイこと Sore--ga--ボランティア--desu-yo-ne. Gaikoku--de--mazushi-sou-na--hito--ni--te-wo--sashi-nobeta--tumori--ni--nara-nai--to--DAME--nan-desu-yo. Nihon--jin--niwa--dore-dake--tumetaku-temo--kankei--ari-masen. Sore--ga--BRASIL--demo--dete--imasu-yo.
そうなんだ。 知りませんでした・・・が、 ブーバーさん 失礼いたしました。 実践されていたのですね。 でも そこですこし付け加えさせてください。 どんどん行動に移すことができるあなたの目からみて まだまだ自分の恵まれた・・・単に比較の問題ですが、環境の一部を他者に提供する行為に私たちの周囲がまったく慣れていないということをお感じになりませんか。 他者に目を向ける行為そのものをけなすことは無いのでは・・・と言いたかったのです。 ボランティア・・・という言葉がいけないのかもしれません。 そんなカッコをつけていうことでは 無いのですよね。 人それぞれが今出来ることから ムリせずできることから始めればいいのですよね。 いろんなやり方があると思います。 それでいいのでは ないでしょうか・・・。 ベテラン殿には失礼なれすになりましたが 前レスは ブーバー様への名指しのレスではなかったつもりです。