寧ろ逆でしょう(新約・旧約)

カトリック系の中高にて6年間、大学時代に日本最大のプロテスタント系団体にて4年間、週一ずつ、聖書のお勉強をしましたが、寧ろ逆です。

それ以降20年近く情報を更新していませんが、記憶ベースで言うと・・・

中学入学時に配られた聖書はいわゆる「新約」のみ。
大学入学時に購入したものは「新約」と「旧約」が一冊になったもの。

寧ろカトリックはいわゆる「旧約」を軽視している印象を受けます。

これはなぜか、「旧約」を聖典とするユダヤ教から派生した新興(当時)宗教であった原始キリスト教は異端・異教として迫害の憂き目に遭いますが、それを和らげるために拠り所としたの正統性の根拠が「旧約」だったわけです。

それが後年、ローマ帝国において公認され、国教化されるに至り、不承不承(?)採用していた「旧約」の重要性が薄れたため、イエス後のみを記述した「新約」を晴れて枢要な聖典として採用できたわけです。
ただ、確か、キリスト教の「異端」の基準は、新旧約以外の第三の聖典を有することなので、カトリックも旧約は当然採用しているはずでしょう。(もしかしたらプロテスタントの基準かもしれません。)

「旧」は言うまでもなく、「新」という言葉は、かつてのヨーロッパでも使われたのだとは思いますが、今となっては全く適当でない用語・訳語ではないでしょうか。自らを「普遍」と呼ぶ人たちよ「抗議する人たち」と呼ぶ人たちがいて、外に対しては両者とも自らを「キリスト教(徒)」と名乗るのです。

この他に自らを「オーソドクス正統」と呼ぶ人たちがいます。
さらには、その他自らを「キリスト教徒」と呼ぶ諸派があります。尤も第三の聖典を有する人たちは「異端(異教)」とされるのでしょうが。

旅の掲示板には不向きな展開となりましたが(これでも大分割愛しました)、新旧教はともかく新旧約に誤解があったかと思いましたので・・・

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1件のコメント

  • Re: 寧ろ逆でしょう(新約・旧約)

    スミマセン。言葉足らずでした。

    カソリックは旧約聖書・・・本来は単にバイブルですが、教義の基本の一つ・・に置いていますが 神とのかかわりにおいてという意味です、プロテスタントはあくまでキリストの言葉を元に神をもとめる姿勢です。

    ですから 聖人もマリアもかかわりを持ちません。長い歴史のなかでついた不純物を極力洗い流して イエス・キリストに回帰しようとしています。

    ローマ・カソリックもいわゆる新約聖書・・書簡集を無視していませんが2本柱の一本・・?、でも プロテスタント運動が起ってから 明らかに新約を見直し、軌道修正をしています。 今の法王庁主導のカソリック・・大きく分けたキリスト教の主流派ではありますが、も世の中の流れの中で常に舵を取って流れの中にあろうとしています。

    旧教とは確かに新教・・・の反意語としての言葉でカソリックの各派すべて自分たちでは使用して無いようです。

    ローマカソリックが祈りの言葉・・・として使用していたラテン語を祭儀の主要言語からそれぞれの国の言葉に改めたのは なんとベトナム戦争時、つまり本のこないだなんです。

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