英語は道具ですから、それが使えないと、話が進まないんですよね。

>>私の考えとしては、言語なんてもんは「道具」であって「学問」ではないと思っているんですよ。
>>金槌が無くても苦心すれば釘は打てますし、栓抜きが無くても苦心すれば栓は抜けますしね。
>>そりゃちゃんとした道具があれば便利だけど、苦心するのも楽しいと思ってしまうのですが。

僕は旅先で欧米人旅行者と会って、話すチャンスがあれば、
だいたい話しかけます。

そのとき、他の日本人旅行者と一緒だと、
だいたい日本人旅行者は英語を話しませんから、
僕は英語と日本語を交えて話さなければならないんですよ。

例えば、中国からベトナムへ入国する国境で出会った
オランダ人女性と話をしてましたが、
他の日本人諸君は、ちょっと距離を置いてましたしね。
   ↓
http://worldtraveller.hp.infoseek.co.jp/asia/holland_girl.htm

キプロスのラルナカで出会った日本女性は、
ほとんど外国人と一緒に旅をしていたそうですが、
「日本人と会っても、英語の話が通じないので困る」
ということでした。
   ↓
http://worldtraveller.hp.infoseek.co.jp/europe/larnaca.htm

この時は、その日本女性とブラジル人と僕とで英語でワイワイ言ってたんですけど。

昔は、旅行者の数が少なかったので、
欧米人旅行者と会ったらすぐに話していましたが、
今は、日本人だけでも旅が出来てしまいます。

それだと、わざわざ海外に出た意味がないのではないか、とも思うんですよね。

日本の旅行本には、著者が外国人と英語やスペイン語で、
ディープな話をしたようなことが書いてありますが、
たいていは嘘です。

残念ながら、日本人旅行者はそれほどの英語能力はありません。

この原因については、僕はちょっと考えてることがあるんですけどね。

みど

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2件のコメント

  • 「日本では英語を使う必要がほとんどなく、情報も世界から隔絶されている」と思う。

    僕が、タイ、インド、カンボジアで泊まった宿は、日本人バックパッカーとしてはちょっと高めの、平均10ドル程度。

    現在ではどの国でも、だいたい10ドルちょっと払うと、
    「ホットシャワーとトイレ、エアコン、テレビ付きのシングル(又はダブル)ルーム」に泊まれる。

    興味深かったのは、タイでも、インドでも、カンボジアでも、テレビにはCNNとBBCが映り、NHKの国際放送やフランスの放送局まで映ったこと。
    あとホテルによっては、映画専門チャンネルや、ディスカバリーチャンネル、ナショナルジオグラフィックなど、も映ったりする。

    僕が部屋にいるときは、英語放送を見て時間を潰していた。

    ところが日本では、一般的にはこういう放送は見ることが出来ない。

    日本のテレビで放送しているのは、
    一日中、世界に通用しない日本の芸能・スポーツニュース、事件モノ、日本国内のどうでもいい話題。

    こんなものばかり見ていたら、
    世界から取り残されていくのは間違いない。

    日本は英語が使えなくても済むような社会を作り上げてしまったのだが、そのために世界から切り離されてしまっている。

    だから、今の時代に、英語が必要ないなどという日本でしか通用しない話を持ち出す人がいるんだよね。

    前も書いたけれど、ニューズウィークで「なぜ日本にはアジアに友人がいないのか」という特集があったが、その理由は、アジアのほかの国の普通の人は英語が話せるのに対して、日本人は英語が普通にしゃべれないからだと思うね。

    海外個人旅行シーンでも、日本人は日本人だけで固まっている。

    これは、考えるべきことなんだよね。

    みど

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    語学は素晴らしい道具ですね。

    みどさん、皆さん、こんにちわ!!

    英語が出来なければ、
    日本人だけで凝り固まるしかないという新たな選択肢が現れ、
    議論も新しい展開を迎えましたね!!!
    この話にはすごくダイナリズムがあり、
    私としても魅力を感じていますよ。
    最終的には、
    英語ができないバックパッカーか、
    英語ができるバックパッカーか、
    どちらかに落ちるのではないでしょうか?

    語学は素晴らしい道具ですね。
    道具は人を良くもし、悪くもするけどねw

    Y君は某国立大で4年間学費免除を受け、
    (現在は、1年ずつだと思われるが)
    1年間休学してアジア諸国を周っていました。
    彼とはインドで出会ったのですが、英語はたいへんよく出来ました。
    ただ彼の毎日はガンジャ浸りで、
    英語で話すことと言ったらガンジャの話か、ガンジャの交渉術でした。
    宿はほとんどとらず、野宿当然で旅をし、ガンジャには金をいとわない。
    ガンジャを吸いながら、笑気に満ちた顔で、
    「日本に帰ったら、麻薬は断ち切る」と言い、
    途中で会ったアメリカ人の男は、
    彼から受け取ったガンジャを吸いながら、
    「上物で、キツイ」と彼を誉めました。
    そのときの彼の顔ったら、おかしかったですね。:;*.':;ブッ

    彼は日本に帰ったら、麻薬をやめ、ふつうの生活に戻るのか?
    それとも麻薬を続けながら、
    ふつうの生活を続けられない生活になるのか?

    私の読み取り方は、そのどちらでもありません。

    まさに彼こそ<うそつき長期旅行者>だったんですからね。


    私が本格的に、バックパッカーをしていたのは、1995年頃でした。
    この話は、あの頃の思い出です。
    私の究極的な望みは、
    あの頃に出会ったバックパッカーたちの仲間として、
    若かった時代を、あの時代を、やり直すことかも。

    でも、1995年に戻すことは不可能です。
    いや、やり直すだけじゃなく、
    う~ん、やり直すことができたとしても、
    永遠にバックパッカーを繰り返すことなのでしょう。

  • 四度教えて君

    朝から、何度も教えて君で失礼します。

    バンコクに駐在していた頃、ある人物と出会いました。
    彼は日本で会社員をしており、GWや夏季休暇・正月休みに多少の有給休暇を繋ぎ合わせて10日~2週間ほどの旅行をしているそうです。
    彼が言うにはサラリーマンパッカーだそうです。
    貴殿の定義だと、パッカーじゃありませんけど。
    話を聞くと今までにもカトマンズ・インド・パキスタン・中国・カンボジア・ベトナムなどなど皆さんと同じような国やエリアを旅行してきているようです。
    ただ彼が絶対的に違う点は聾唖者なのです。
    英語どころか日本語も喋ることができません。
    たまたま私は以前に少々手話を習ったことがあるので、彼とコミュニケーションができただけなのですが。
    そんな彼ですが、彼なりに満足な「旅」をしており、目を輝かせて行った先々の話を私にしてくれました。

    そうなると果たして英語なんてものは必須的重要な道具なのか? と考えてしまうのですが。
    有れば(出来れば)便利だが、無ければ(出来なければ)無いで何とかなるような気がするんですけどね。
    それに自分自身が重要だと身に迫って思ったら、自然と言葉なんか覚えちゃうものだと思うのですが。

    以前、韓国なんて国も庶民は英語なんて全く出来ませんでしたよ。
    地下鉄が出来た頃、駅でトイレに行きたくなり、切符売り場のおじさんに英語で尋ねたのですが全く通じませんでした。私、恥ずかしながらズボンのチャックを目の前で開けました。おじさん慌てて事務所から飛び出してきてトイレに連れてってくれました。結果としてトイレに無事に行かれました。
    聾唖の彼の場合、英語うんぬんの以前の段階で声自体が全く出ませんので、意思疎通の殆どがこのような状態での旅行だと思われます。
    それでもなお彼は旅を楽しみ人生を謳歌しておりました。

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    Re: 四度教えて君

    大王飯店さん

    僕は来年から生活の主をブラジルに移そうと思っています。
    ポルトガル語は 60%しか使えませんが ポルトガル系ブラジル人の家内が
    日本語ペラペラなので そこに甘えようと思っています。

    10年前 ブラジルでの結婚式に出席してくれ 今年4月には楽しい一時を
    過してくれた 家内の親戚の叔父さんに 今朝、電話をした。

    移住の挨拶をするツモリが 逆に 娘さんの結婚式の出席+ついでに仲人まで依頼された。
    もちろん 快く了解。

    電話なのに言葉ではなく 心が通い合ったんだと思う。

    外国語が使えないと 本当にディープな話が出来ないんだろうか??
    世界中にいる友人は言葉の出来ない僕にディープな話題をしてくれる。
    心の豊かな人間には 自然と人が集まり 交流が始まると思う。

    みどさんは 世界旅行者大先生という割に 親しみが感じられないのは 何故だろう??