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夏の京都で日本文化の裏歴史を学ぶ

こんにちはゲストさん

宗教都市、長い歴史ある京都、いや近畿地方と言ったほうがいいのかと思いますが、まだまだ日本古来の風習が残っています。そのひとつは地蔵信仰であり、地蔵盆という形で引き継がれています。大変暑い中、お盆の京都を歩きました。
http://4travel.jp/travelogue/11164283

そこには、京都の魔界の世界も! 歩いたほとんどの地蔵寺には 小野篁(たかむら)という人物が関わっていました。この 小野篁は昼間は宮廷に仕え、夜は冥界で閻魔大王に仕えたという平安時代の人物です。東山の清水寺の近く、六道珍皇寺に 小野篁が冥土に行き来していた井戸が残っています。その門前は「六道の辻」 とよばれる六道の入り口、または地獄の入り口なのです。

この六道の辻から先には鳥辺野と呼ばれる葬送の地があったとされています。清水寺の南西、三年坂のあたりから大谷廟の裏あたりまでの一帯です。「葬送の地」とはいったい何か? なぜ? 平安の時代には、 六道の辻からさきには何があったのか? この疑問を解くのに、妖怪関係、宗教関係の参考書を数冊調べることが必要でした。何冊目かに「風葬」と言う言葉に行き着いた。「鳥辺野のあちこちに風葬された死者の髑髏が転がっていた。」(八木透、京都の夏祭りと民俗信仰) そこは、死体の捨て場であり、死臭がにおう、近づきがたいおどろおどろしい地獄の光景が広がっていた。中には伝染病で亡くなったご遺体も捨てられていたと思うと、一線を画すことが求められた。それが六道の辻であったと推察する。京都にはなん箇所かかそのような 葬送の地があったとされている。もうひとつの大きな 葬送の地は奥嵯峨の化野(あだしの)。紅葉の秋、化野念仏寺で紅葉を楽しんだそのときは、念仏寺で、野にあった仏を弔ったとされていることに、戦で亡くなった人の遺骸なのだろうか? と思っていた。そうではない死体の捨て場であった!

この六道珍皇寺なるお寺は 小野篁が建立したとも言われていますが、いまだ京都には、お盆の前にこちらでご精霊をお迎えするという宗教行事があるらしいです。東京とか関東でもお盆に仏壇の前にお盆の提灯をつけご先祖お迎えすることはあると思いますが、お盆と言えば、「お墓参り」または「盆踊り」ぐらいなもので、忙しさにまぎれてご先祖のことは忘れて、行楽とか旅行に、。。。

その地蔵菩薩は現世では、人を助ける、よりどころとなる存在ですが、冥界では閻魔大王に変身して、亡くなった人を裁く存在。これが同一のものとは考えずらい。人は亡くなると、順次十王の裁きを受ける。閻魔王は五七日に六道の行き先を決定する。つまり生まれ変わりが、人間道なのか、餓鬼なのか、畜生なのか、地獄へ落ちるのか決める裁判官である。

またまたお邪魔しました。




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夏の京都で日本文化の裏歴史を学ぶ

サンフラン 16/09/08 10:194
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