旧線復旧計画

 トンネルをぶち抜いた新線の方が安全にきまっているのだが、観光客の評判が悪いので、いま、氷河の見える旧線の復旧工事もやっている。観光客向けの高額の特別列車だけ、旧線を通して、新線の方はローカルで使って、運行ダイヤの問題を改善しようとしている。

 だが、資金的にはともかく、あんな小さな山奥の会社で、新型車両でのサービス充実を計りつつ、新線の保守点検と平行して旧線の復旧工事をするなんて、ヒューマンリソースとして無理があったのではないかと思う。社長がテレビでしゃべっていたが、ものすごい地元なまりで驚いた。田舎者だからといってけっしてバカにするわけではないが、英語や標準独仏語のできる、まともな広報もいないみたいだし、会社の体質まで、なんとなく不安になる。もっとも、JR西日本の例もあるから、トップや会社が立派そうだからといって信用できるものでもないのだが。

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1件のコメント

  • すいません。旧線復活はまったくのボランティア工事で、運営も本線とはまったく違います。

    純丘 曜彰どの

    あの・・。 氷河の見える旧線の復旧工事は有志のまったくのボランティア工事で、運行もボランティアによるものです。廃線になってすぐに保存運動がおこり、それでもいったんは線路のほとんど全線が撤去されたのですが、その一部ルアルプ付近だけかろうじて保存に成功しました。 残された蒸気機関車を買い取り、整備してわずかな距離を休日に運行する団体が徐々に大きくなり、募金をして10年ほど前についにフルカ峠を越える複線に成功しました。 

    古いタイプの客車を世界中から買い集め、インドダージリンの紅茶畑の蒸気機関車を買い、最初は夏だけの土日運行から今では旧路線がそうであったように6月半ばから10月の初めまでの毎日往復運行、そして今年から廃線の全線復活オーベルワルド/レアルプ間の運行を開始しました。

    保守、整備、機関車、車掌、切符売り、駅の清掃から機関車の水遣り?まで全てボランティアです。

    この部分はもともとメンツ路線でスイスの鉄道マンの意地から完成させた路線で実際の運行は第2次世界大戦をはさんでせいぜい20年と少々のはずです。

    別のレスでも書きましたがこの路線通過が本当の意味での氷河急行で、貴殿の言われる観光路線そのものでした。

    ・・・が貴殿が書かれているようにこちらを観光路線にして、旧線はローカル線?にしよう・・というのはしょせん無理な話で、脱線現場は{氷河現場}のかなり手前、つまりどちらも通らなければならない部分だからです。

    ご存知無いから仕方はありませんが、今までの全体の状況をご存じないままでの実体からかけ離れたご意見になっております。 

    スイスフリークの身びいきではありますが、いささか思い込みと偏見プラス若干の<上から目線>が気になりましたので・・・。  妄言多謝。






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    DFB

    まったく勝手な思い込みには失笑を禁じ得ませんねヾ(℃゜)々。まぁ、余計な押しつけがないだけまだましかも知れませんが...

    件の鉄道には開業間もない1995年に乗りました。当時はまだRealpからフルカ・トンネルの手前まででしたが、走行中は大量のシンダを浴びて、家内には大不評でした。とうとう全線開通したんですね。いつか乗りに行きたいものです。

    ところで、
    ≫ 古いタイプの客車を世界中から買い集め
    ≫ インドダージリンの紅茶畑の蒸気機関車を買い、
    とのことですが、最初の機関車はベトナムからの里帰りだったと思います。で、ちょっとGoogってみたところ、以下の記事がありました。
    http://www.swissinfo.ch/jpn/index.html?cid=6058116
    2007年当時は日本人のボランティアもいたんですね。