レポート

アメリカとフランスへ行ってきました 2012

公開日 : 2012年07月02日
最終更新 :

5月中旬から6月初めまで、米国とフランスに行ってきました。
今回、アメリカ人の知人が結婚するので、家族で来てくれるとうれしい、との招待を受けたので、妻と娘と私の3人で渡米し、結婚式の後、若干の観光をして妻と娘は帰国、その後私はフランスへ渡って観光して米国経由で帰国しました。

コースは以下のようにしました。

日本

ペンシルベニヤ州のとある町で米国人の結婚式に出席

ナイアガラとニューヨーク観光
(この後家族は日本へ帰国、私はフランスへ)

ジュネーブからYvoir村とThonon 観光

Lyon(Viennes 観光)

アヴィニョン(L’Isle sur la Sorgue など観光)

Millot (世界一高いというミヨーの吊り橋観光)

Albi 観光

Bayonne
(バスク地方の Bayonne、Biarittz、スペインの Saint Sebastian など観光)

パリ(知人宅に投宿、散歩)

米国経由で帰国

この後に続けて、見聞したことなど、レスの形でレポートします。(順不同、必ずしも旅行の順序とは一致しません)

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  • 13/02/20 21:13

    16) Yvoir と Thonon les Bains

    (備忘のため後日記載)

    ニューヨークからジュネーブ空港に着いた。
    フランス入りするのにスイスのジュネーブ空港を選んだのは、レマン湖のほとりにある「フランスの美しい村」に選ばれているYvoirに行こうと思ったからである。

    空港の駅でスイスのNyonまでの切符を買う。(Nyonはレマン湖のジュネーブとローザンヌの中間点ぐらいの町。)
    Nyonの港からYvoirまで、レマン湖を渡る船があるのでそれを利用するつもり。
    Nyon駅から船着き場までは1km程度ありそうで、あらかじめ、駅から船着き場までのバス時刻表は調べておいた。
    バス乗り場や乗る方向は、近くの人に聞いた。このあたり、仏語が一般に話されているので、仏語で誰にでも道を聞けるのが重宝する。

    船は30分ほどでYvoirに着いた。湖を渡るとフランス領である。
    村の家々は窓辺に花が飾られ、きれいな感じである。
    でも、キャリーケースが重いし、この村は湖岸段丘ともいえる地形なので、坂を荷物を引いて上っていくのは難儀する。

    近くに、植物園があった。
    この村には城があり、城は公開されていないが、付属の植物園は公開されているので、そこに入り、荷物を置いて見学したいというと、快く荷物を預かってくれた。

    出るとき、村を見学するので、しばらく荷物を預かってほしいと言うと、OKしてくれた。

    この村の雰囲気は大変よく、「フランスの美しい村」の中でもおそらく上位に入ると思う。
    (今まで何十も見たわけではないが。)

    村はずれでThononへ向かうバスを待っていると、少年がロバに荷車を引かせて通って行った。
    御者台に乗っているのは、小学6年生ぐらいの少年で、後ろの荷物台の上には、その子の弟と思われる3年生ぐらいの少年ともう一人その友達だろうか、少年たちだけで農家のお手伝いのようだ。
    ロバって、おとなしい動物だと聞いたが、あんな少年が操れるんだね。
    少し先の農家の庭の門扉を開けて中に荷車を引かせて消えていった。
    このあたり、村を外れると、観光地ではなくて、のどかな農家の日常があった。

    この後、バスで Thonon les Bains に行き、宿泊。
    ここは、町の名前に les Bains がつくとおり、温泉(または鉱泉)が出る。
    公共の公衆浴場 les therms があるというので、翌日、水泳パンツを持って行ったが、
    建物は工事中で、5月中は入れないという。
    う~ん、残念。一風呂浴びて泳ごうと思っていたのだけれど、工事中の情報は検索できなかった。
    いくつかのグループも工事のことを知らずに入りに来て、断られていた。
    (場所は観光案内所で聞いたのだが、そのとき工事中だと教えてくれればよかったのに。)

    Thonon という銘柄のミネラルウオーターが売られている。
    無料で水をくむ場所があり(ほかのミネラルウオーターの出る町と同じ)、人々がペットボトルを持ってくみに来ていた。

    Thonon les Bains もきれいな小さい町だった。

    このあたりは、もう少し東のエビアンみたいに観光慣れしていないので、すがすがしかった。

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  • 12/07/02 18:46

    15) 恋人達が永遠の愛を願うセーヌ川の歩道橋

    パリ郊外の知人と話をしていたら、

    数日前に、オルセーのあたりから、
    チュイルリー公園に行く歩道橋を渡ったら、
    橋の欄干(手すり)に南京錠を取り付けて
    鍵をセーヌ川に投げ入れるて帰る恋人達がいて、
    取り付けられた南京錠は無数にあったそうで、

    あのあたりを通ったら、一度見たら面白いよ、
    と教えてもらったので、パリを散歩したとき通ってみた。


    歩道橋は数年前に改修された時、欄干の下の方が細いステンレスの棒を組み合わせた格子のような形になり、南京錠をぶら下げるには好都合の形になっていた。

    これを見つけた恋人達が、南京錠をこの欄干に取り付け、鍵をセーヌ川へ投げ入れると、永遠の愛がえられるという、そんな伝説が出来たらしい。

    歩道橋といっても幅は広く、ちょっとした広場風の場所や、ベンチもいくつかあって、市民の憩いの場所として作られたようだ。

    錠前は、川の中央部分の一区画には350個ぐらいは付いていているし、だいたい概算しても、1万個ぐらいは超えそうな数である。

    ベンチに腰掛けて見ていると、カップルが来て、錠前を取り付け、写真を撮って、二人で鍵(キー)をそっと欄干からセーヌ川へ落としていくカップルがいた。キーを落としてからは、二人は熱いキスを交わして、すがすがしい感じで手をつないで橋を渡って行った。

    (ふーん、あんな風に永遠の愛を願って行くんだね。)

    別の場所では、10人ぐらいのグループが、ブラボー♪ ブラボー♪ (歌のつづきは忘れた)という歌をみんなで歌い、その中心にカップルが抱擁していて、その後、錠前をかけ、みんなの見ている前で二人で鍵をセーヌ川に投げ入れ、みんなから祝福の拍手を受けていた。
    (結婚するカップルなんだろうね。)

    錠前売りも布を敷いて並べている。
    旅行者など、家から錠前を用意してこなかったカップルで、この話を聞いて、錠前取り付けをしたくなった人が買うらしく、見ているときに買ったのは、白人のカップルで、購入時の会話は英語だったので、外国人なのでしょう。
    マジックを貸してくれて、名前や日付を書き入れて、取り付ける場所をひとしきり探して取り付けた。
    (川の中央部分は、だいたい満杯状態なんだよね~。)

    錠前には、マジックで書いたもののほかに、レーザーか機械で名前や日付、願いの言葉を刻み込んだ物もあり、様式が同じ物がいくつかあるから、この近くに、錠前に文字などを彫刻する店があるのかもしれない。

    ちょっと読んだところ(一例)、
    「マークとソフィ
     私達は遠く離れて住んでいるけど、愛は二人を離すことは出来ない。
     私達は、必ず幸せを手に入れます。とかなんとか、、、。
     何年何月何日」

    橋の中心部分はほぼ満杯状態で取り付けられているが、少し川岸の方に寄ればまだまだ余裕はあるから、あと数万個ぐらいは付けられるだろう。


    永遠の愛の願いをパリのセーヌに残したいカップルの方は、旅行時に錠前を持って、行ってみてはどうでしょうか?

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    Re: 15) 恋人達が永遠の愛を願うセーヌ川の歩道橋

    ∵< cadenas damourてのは困っちゃう。独り行動で大西洋渡ることもできなくなっちゃうよ。

  • 12/07/02 01:47

    14) スペイン領のサンセバスチャンでバル巡り(その4)

    サンセバスチャンには見切りを付けて、電車でIrunの町に来た。
    ここからはフランス国境は1kmほどである。
    フランス国境に近いと、ムール貝の料理も多いかもしれない。

    Irunにもバルが何軒かある。適当な店にはいる。

    1時半を回ったので、お昼時はだいぶ過ぎたし、つまみも残りという感じになっている。
    メヒョン(ムール貝)をすりつぶして、ポテトと小麦に混ぜて揚げた料理が出来るか、と聞きながら、7cmぐらいの楕円を両手の親指と人差し指で作ってみせる。

    カウンターのおじさんは、メヒョン(ムール貝)の料理は出来るが、どれが希望か、一覧表で選んで欲しい、とスペイン語で言っている。
    (フランス語は、ある程度理解するようだが、話すのはスペイン語だった。)

    一覧表の名前を見てもメヒョンの後に続く単語が分からないので、手で仕草をしながら、裏にメヒョンの貝殻がついて、油で料理してある物、というと、だいたい分かったようだった。

    1個だけでいい、と1個のみ注文。

    出来るまで、カウンターに残っている物を取って、白ワインを頼んで食べる。
    味は、普通程度。
    やがて、メヒョンの料理が1個出来た。

    そうそう、この形の料理なんだ、と思いながら食べるが、味はまずまずだが、ムール貝の風味がなぜか弱い。

    前は、ムール貝の風味が口いっぱいに広がったが、今回はムール貝の味の強さは今ひとつだった。
    料理の仕方が違うのか、抑えてあるのかは分からない。

    前回のレポート↓
    http://bbs.arukikata.co.jp/bbs/tree.php/id/442520/-/parent_contribution_id/370274/


    今回はサンセバスチャンの2軒目に行ったバルのつまみが味は秀逸だったから、よしとしよう。

    さ~て、ぼちぼち歩いてフランスへ引き上げるか、、、。

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    スペインとムール貝

    mamoruさん、Hola♪
    このトピック、EURO2012決勝戦翌朝に見たのですが、眠くて眠くて、前足を出せませんでした。

    さて、『スペインでムール貝を食べる』事ですが、ムール貝って養殖でもシーズンなので、晩秋ではないでしょうか?今回、Asturias⇒Viscayaへ向かって黄金週間に移動しましたが、どこのMenuにもMejillonはありませんでした。多分、待降節あたりにフランス(ビスケー湾沿い)に行かれれば、どこでも食べられると思います。

    スペイン的な食べ方としては、浅い土鍋の中にニンニクオリーブ油たっぷりに入れて、オーブンに入れるタイプであって、Pinxosで食べるやり方はあまり一般的ではないような気もします。大ぶりのマッシュルームと似たり寄ったりの食べ方ですね。蝦のPinxosはCrisisがひどくなる以前は通常見られましたが、先々月行ったら、どこもここも1個でお腹が張るような、芸術的ではないPinxosになってしまったので、実にがっかりしました。

    貝類・魚介類には白ワインが合います。せっかくバスク地方に行くのならばTxacoliとあわせるといいと思います。

    P.S. 未だBearn⇒Pays Basqueへの移動で、部分的に頭ひねっております。
       Q&A立てたら、よろしくお願いします♪
       ところで、非カソリック信者ですが、ルルドはお勧めですか?Fatimaへ行って、あまりに
       現代的すぎてがっかりしました。聖地ならば、Santiago de Compostela程度古びているのが好みです。

  • 12/07/02 01:37

    13) スペイン領のサンセバスチャンでバル巡り(その3)

    少し歩いて二軒目に入る。

    ここは人気店なのか、かなり混雑している。
    ボンジュールといって、一人分の隙間に入り、
    ムール貝の料理はないか聞くと、
    並べてない、希望なら作る、といって、
    一皿単位の写真を見せるので、両手の親指と人差し指でで小さな楕円を作り、
    一個だけなんだが、というと、それはやってないという。
    (おじさんは少しフランス語が分かるようだった。話すのはスペイン語なので、相手の内容は推定。)

    目の前にあるナスの輪切りを素揚げした物が一番上に乗っていて、中間にはハムと野菜にタルタルソースみたいなものを付けたもの、一番下は薄切りのパン、を重ねた物を皿に取り、飲み物は水を頼む。
    (アウアといえば良く通じた。小さなミネラルウォーターを出してくれた。)

    隣の人は中年の女性だった。隣に割り込んだとき、ボンジュールと言ったら、この女性からボンジュールと返事が帰ってきて、発音から多少フランス語が分かるかもしれないという印象だった。

    この人が、私の取ったナスの料理を指さして、「ショ、ショ」といっている。
    仏語で、ショ、は熱いという意味で、どうも、暖めた方がおいしい、といっているようだ。
    私が、「暖めた方がいいのでしょうか?」と聞くと、そうだ、という。
    このやりとりを聞いていたカウンターのおじさんが、暖めます、といったようで、持って行ってレンジにかけている。

    続いて、女性は、
    「この店で一番おいしいのは、あそこのサルモンですよ。」
    と仏語でいう。
    サーモンのことは仏語でソモンというのだけれど、物を見ながらのことで、通じる。

    それを取って食べると、う~ん、おいしい。
    サーモンの下にアンチョビが入っていて、その下は白いソースの付いた野菜、最下段は薄切りのパンで、この店の物は大きめなので、ナイフをもらって切って食べた。

    ゆっくり食べれば口の中で味が混ざっておいしさが出てくる。
    サーモンとアンチョビが味が混ざったところに野菜が来て、えもいわれぬハーモニーを作る。

    ナスの輪切り揚げも加熱され、こちらも食べると、おいしい。
    どちらもおいしいと言うと、女性も、カウンターのおじさんも満足そうだった。

    ここはおいしいが、ムール貝がないので、そこそこに切り上げた。

    サンセバスチャンでは、カンフランのあのムール貝の料理は作っていないかもしれない。
    もっとフランス国境に近い、Irunへ移動してみるか、、、。

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  • 12/07/02 01:24

    12) スペイン領のサンセバスチャンでバル巡り(その2)

    さて、10人ぐらい客の入れそうなバルを見つけて入る。
    昼の11時半頃である。

    ボンジュール、というと、店の人は、ボンジュールと返してきた。
    この辺のものを食べます、といって皿を取って、
    カウンターの料理2個ぐらいつまんで取る。
    飲み物は、店の人が、ビール?、と聞くので、赤ワインを頼む。

    この店は、つまみはまずます。

    生ハムの下に野菜、その下は薄切りのパンで、重ねた物。
    その他揚げた物など。

    メヒョン(ムール貝)はやってないのかと聞くと、ここには並べてない、食べたいのなら作るが、と言って、料理の写真を貼ったメニューを見せた。
    (会話はこちらはフランス語、向こうはスペイン語なので、向こうの言っている内容は推定である。)

    写真には、ピザみたいな物や、一皿で食べるもので、希望のものでないので、いいと言って断った。

    左隣の女性連れは親子らしい。20歳代の娘さんと50歳ぐらいの母親のようだ。

    飲み物は、二人ともグラスに水をもらっている。
    何軒も続けてワインを飲むとへべれけになるかもしれないので、水を頼む方法を聞いておかなくては。
    すぐ横にいる娘さんの方に、フランス語わかりますか? と聞くと、フランス語は話さない、とフランス語で帰ってきた。そして、母が話すという。

    母親の方に、スペイン語で水はなんというか聞くと、「アウア」、綴りは AGUA と書いてくれた。
    このあたりは、発音はアグアとかアクアではなくて、アウアのようだ。

    (この店は、料理はまずまずだが、ムール貝をやっていないので、次に移ろう。)

    料金は、赤ワインのグラス1杯とつまみ3個で6.5ユーロ程度。

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  • 12/07/02 01:18

    11) スペイン領のサンセバスチャンでバル巡り(その1)

    2年前に、スペインバスク地方の山の中のカンフランに行ったとき、そこのバルで、ムール貝をすりつぶして小麦とジャガイモの生地に混ぜて揚げたものを食べたが、ムール貝の風味が良く、味もたいそう良かった。

    Bayonneから、スペインバスク地方の町、サンセバスチャンに行ってみることにした。

    行き方はBayonneの観光案内所で尋ねた。
    バスもあるが、仏国鉄SNCFでHendayeまで行き、
    そこからスペインの Eusko tren で行けば、分かり易いと教えてくれた。
    Hendayeから電車で45分ぐらいである。

    さて、サンセバスチャンに着いた。
    地図もなしにただふらっと来たが、
    とりあえず、北の方に行けば、海岸に出るだろう。
    それから考えるとするか。

    海岸に出ると、たくさんの人が海水浴をしている。
    少し町に戻ると、San Martin という大きなスーパーがあった。

    階下に降りると、まず、魚屋がいくつも並んでいる。
    ムール貝があるが、一軒の店で置いている量がバケツ1杯分程度でフランスに比べるとずいぶん少ない。
    フランスじゃ、大量に積み上げてあるが、ここはあまり大量には食べる習慣がないのかも。

    ムール貝をスペイン語でなんというか、聞いておかなくちゃ。

    魚屋の値札のムール貝に相当するところは文字がねじれたりにじんだりして読み取りにくい。
    昼前で魚屋はどこもたいへん忙しそうで、フランス語が通じそうもないから、別の所で、と思って探していたら、スーパーの案内カウンターがあった。

    案内の女性にフランス語で、
    「ちょっとおたずねしたい。ムール貝はスペイン語でなんというか教えて欲しい。」
    と尋ねたが、
    私が、何かをスペイン語でなんというか聞きたい、と言うことは分かるようだが、
    肝心の仏語のムール貝(仏語でmoule )という言葉が何を指しているかが分からない。
    英語はますます分からなかった。

    別の女性が来て、
    「xxさんならフランス語が分かるから、xxさんを呼んでくるね。」といっているようだった。

    しばらくして、別の女性が来て、「ボンジュール、ムシュー」といった。
    この人、出身はフランスのようだ。

    ムール貝をスペイン語でなんというか聞くと、メヒョンというそうで、 mejillon と紙に書いてくれた。
    他の女性達は、なんだ、ムール貝のことを聞きたかったのか、なんて言っているようだ。

    「ムール貝ならそこに売っていますよ。」という女性に、「バルで食べるために聞いたのです」と、女性達にお礼を言って、そこを出た。

    通りに出ると50~60m置きにバルがあるが、どれか適当なところにはいるか、、、。

    (つづく)

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  • 12/07/02 01:09

    10) フランスのバスク地方の黒サクランボジャム

    2年前にバスク地方を旅してパリの知人宅に戻ったとき、
    バス地方を旅してきた、と言うと、
    知人は、
    あの地方には黒サクランボのジャムというのがあり、
    バスク地方の羊の乳で作ったチーズと一緒に食べるととてもおいしい、
    と言って、
    これらのジャムとチーズを買ってきてくれて、
    食事の後に、フランスパンにこの組み合わせで乗せて赤ワインで食べたが、
    口の中でこれらのハーモニーがとても合い、
    えも言われずおいしかった。

    帰るときこれらを買って帰った。

    今回、バスク地方の Bayonne を旅し、
    レストランで食事するとき、menu (セットメニュー)にチーズがあるものを注文した。

    食事の後、デザートにしますか、チーズにしますか、
    と聞かれたので、チーズを選択し、
    何も言わなくてチーズを選択するとジャムはどうなんだろうと思いながら待つと、
    3種類のチーズと小さなガラスポットに入った黒いジャムが出てきた。
    (この地方では、チーズの時何も言わなくてもジャムが出るんだね。)

    ジャムは、黒サクランボの味だった。

    確認のため、給仕人に、
    「このジャムは黒サクランボですか?」と尋ねると、
    「そうです。バスクのサクランボのジャムはとても赤く、色が濃いです。」という。

    黒サクランボ cerise noir のジャムは、ビンに入っているときはほとんど黒だが、パンに薄く塗ると濃い赤紫である。

    チーズは3種類を切って出された。
    出された種類は、
    brie ブリー、comte コンテ、livarot リヴァロだったが、
    どれとも黒サクランボのジャムとあう感じだった。

    バスク地方の羊の乳のチーズ、petit basque は出なかった。
    これは値段が普通のチーズの倍ぐらいするので、庶民的menuでは出さないのだろう、と思う。


    ジャムは、どこで買っても瓶詰めだし、探すのが面倒なので、バスクでは買わずに、パリの大型スーパーで知人に頼んで買っておいてもらった。
    (パリの大型スーパーでは少ししか置いてないので、時として売り切れていることがある。)

    土地の手作りの品の店だと、もっと味が濃いのかもしれないが、
    チーズと食べるには、こんな程度でもいいかと思っている。

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  • 12/07/02 01:01

    9) アヴィニョンのモロッコ料理店

    この日は日曜日で雨だった。

    夕食に出たが、さて、どこにしようか、
    ぶらぶら歩いて横町に入ると、
    restaurant marocain (モロッコ料理店)と書いて、
    国旗が掲げられているレストランがあった。

    入り口横の看板を見ると、クスクスなどのメニューが書かれている。
    ドアは木製で中は見えない。クスクスがあるなら、店の構えは二の足を踏む感じだが、入ろうかかと思う。

    入ると、内部は、中庭に透明の屋根をかけ明るく、床には明るい赤のじゅうたんを一面に敷き、壁にオアシスのような絵柄の北アフリカっぽいタペストリーを掛けて、思いっきり北アフリカ方面の雰囲気を出していた。

    料理は、クスクスを頼む。
    野菜のクスクスのほか、肉の種類などが選択できるメニューの下の方に、merguez と書いてある。
    これは何かと尋ねると、ソーセージです、とのこと。
    どんな物か知らないが、それを試してみようと注文した。

    クスクスが出てくる。
    普通、フランスでクスクスを注文すると、深皿に野菜やひよこ豆、選択した肉も全部入れて煮た物が出てくるが、ここのは、野菜類を煮た物は深い壺のような入れ物で出し、肉またはソーセージは別に焼いて皿で出すやり方だった。
    壺から汁や具を取り出すのは、小さいひしゃくのような物を使う。

    merguezが皿で出てくる。
    黒っぽい、表面がざらざらした感じのグロテスクなソーセージである。
    材料は何か分からない。血液でも入れて練った物か?
    汁をかけて食べてみる。
    あっ、うまい。見かけは悪いが、このソーセージはなかなかいける味である。

    食べ終わると、デザートを召し上がりますかと聞かれたので、
    食事中から気になっていた、3mぐらい先のテーブルに、
    小型の餃子のような形の菓子のような物が並べられているのを指して、
    あれはなんですか、と尋ねると、
    モロッコのお菓子です、と言う返事。

    それを食べてみたい、と言うと、
    お菓子の皿にしますか、と言うので、それにしてもらった。

    菓子は柔らかく焼いてあり、ココナッツ、アーモンド、ヘーゼルナッツ、その他のナッツ類がそれぞれ入っているらしく、
    一個食べるたびに風味が異なっておいしかった。カラメルをまぶした物もあった。

    お茶を頼むと、この店はモロッコ風の砂糖の入ったミントティーで、金属の急須を高く持ち上げて注いでくれる。

    このレストランは、クスクス好きにはなかなか良かった。

    場所は、アヴィニョンのメインストリートの市庁舎前メリーゴーランドから2、3本南の道を東に入って50mぐらいの所である。

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    12/07/03 21:22

    モロッコレストランで、ティーを注ぐのに、急須を高く上げて注ぐのはなぜ ?

    北アフリカ方面の習慣は知りませんが、
    カップにティーを注ぐとき、
    カップに入れ始めたらすぐ急須を高く上げて、
    距離のあるところから注ぐのは、
    何かメリットがあるんでしょうか?
    (テレビなどでも時々見ます)

    例えば、空気を含んでおいしくなるとか。

    ご存じの方がいらっしゃったら、教えていただければ幸甚です。

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  • 12/07/02 00:52

    8) ミヨーの吊り橋を見に行く(その2)

    ミュージアムに入って、係の人に、
    ガイド付き見学をしたい、と申し込むと、

    「14時半の午後のガイド付き見学まで1時間半ぐらいあるが、今日は雨で、申込者はあなた一人しかいないし、最低4人集まらないとガイド付き見学はないので、それまで内部を見学していてください。」
    と言う。

    雨の日は危険だからガイド付き見学がないのではなくて、ガイド付き見学は屋外なので、雨の日は見学者がいないのだそうだ。

    14時半頃までぶらぶらしていたが、係の人が私の方に来て、
    ガイド付き見学の人が集まらないので、ガイド付き見学は中止します、
    その代わり、屋外の展示物の入り口門を開けるので、一人で見学して説明を読んだりしてください、
    と言う。

    最も橋脚の高いものは基礎から路面まで230mあるそうだ。
    ミュージアムは橋脚のある谷底より少し上がったところにあるので、
    ミュージアムから橋の上の路面までは150mぐらいではないかと思う。

    屋外には、橋脚の実物模型の基礎部分等が展示されている。

    橋脚は空洞で凹凸のある多角形、実物は途中から上がピンセットみたいに二つに分岐している。
    分岐した所から上の橋脚の断面は、かまぼこまたは飛行機の翼のような断面になっている。
    このピンセットは路面を挟むのではなく、路面の長手方向に取り付けられている。
    横風を逃がして橋脚に横からの力がかからないようにするため、風が通りやすい構造になっているそうだ。

    路面を乗せている路盤の構造も、上は平だが、下面は円弧の一部で、飛行機の翼のような断面になっている。
    こちらも、横風を効率よくのがすための工夫のようだ。

    橋脚の断面の鉄筋コンクリートはあまり厚い物ではなく(厚さ2mぐらいの壁による多角形の空洞)、
    地震のない土地での建造物は、作りが簡単だった。

    観光バスも来て、しばらく見学して次の目的地に向かって出て行く。


    見学が終わったので、タクシーを呼んでもらった。
    迎えに来たドライバーは来たときとは別の運転手だった。

    ホテルまで運転してもらって料金は13.7ユーロ程度を指していた。
    料金は、帰りが13ユーロだから合わせて25ユーロだという。
    来るときの運転手は往復24ユーロでいいと言ったが、多小差がある。
    まあいいか。25ユーロ払ったが、チップは出さなかった。


    連日雨で、気分がいまいちだね。

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  • 12/07/02 00:46

    7) ミヨーの吊り橋を見に行く(その1)

    Millau の吊り橋(世界一高い吊り橋、高速道路用)の公式サイトを見ると、吊り橋のミュージアムでガイド付き見学があり、橋脚の中心にあるエレベーターに乗って道路面まで上がって、いろいろ見学できると書いてあるので、行ってみることにした。

    Millauの町はモンプリエ Montpellier から山の中に2時間ぐらい入ったところにある。
    (国鉄列車もあるようだったが、時間帯が国鉄バスの時間だったので、バスを利用。バスはノンストップで2時間程度だった。)

    バスが、山の上から町に近づくと、吊り橋が町外れに見える。

    町から吊り橋まで約7kmあり、バスの便はなく、見学のアウトラインを知るためや、タクシーを呼んでもらうのに、観光案内所に行った。

    観光案内所の人は、今日は雨でガイド付き見学はないだろう、と言う。

    タクシーを頼むと、程なくしてドライバーが観光案内所の中まで来てくれた。

    どのようなコースを希望するか、と聞くので、
    まず橋の上を走って、その後橋の下をくぐり、橋のミュージアムまで行って欲しい、
    と言うと、
    橋の上を走るコースはは料金所が遠いので、だいぶ走って往復しなければならなくなり50ユーロぐらいかかるし、行けと言えば行くが、あまりお勧めではない、
    と言う。

    意外にかかるね~、と言いながら思案していると、
    観光案内所の人が、
    「橋の上を走っても普通の高速道路と変わりないし、ミュージアムは橋の下に位置していて、その中に模型やビデオ上映があり、屋外には実物大の橋脚の模型や、建設したときの機械が展示されているので、橋の上に行かなくても、見学は十分満足すると思いますよ。」
    と言うので、ミュージアムまで行ってもらうことにした。

    帰りは、タクシーの名刺をもらっておき、見学が終わったらミュージアムからこのタクシー会社に電話することにした。
    片道12ユーロだという。

    ミュージアムに着くと、料金メーターは13ユーロを指していたが、12ユーロでいい、と言う。
    また、
    今は払わなくていいから、帰りのタクシーを呼んで、そのときに往復分の24ユーロを払ってくれればいい、と言って、金は受け取らなかった。

    (おそらく、他のタクシーを呼ばれるのを避けるための方策らしい。)


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  • 12/07/02 00:40

    6) リヨンの地下鉄切符売り場の少年

    アメリカからフランスに来た。

    夕刻、Lyonの Part Dieu 駅の地下鉄に乗ろうとしてエスカレーターを降りていくと、15~16才ぐらいのアラブ系の少年が2人いて、地下鉄の切符を売っている。
    券売機より安く売るから買って欲しいとしつこくつきまとわれた。

    誰もこの少年を相手にせず券売機で切符を購入していくが、「そんなに売りたいなら、切符一枚ぐらいなら買ってもいいか~」と思って、いくらか尋ねると、手の中に切符を何枚も持っていて、正規料金1.6ユーロの所を1.4ユーロだという。

    私が「それ、本物かどうか、怪しい」というと、「改札機に切符を通すから、ムシュー(私のこと)が通ってから、あちら側から切符代金を払ってくれればいい。」と言う。

    まあいいだろうと思う反面、改札機の前で逡巡して足を止めたが、「切符を通します」と言って、切符を通して改札機を開け、私に通るように促した。
    改札機が閉まらないように、扉を手で持って、開いた状態で保持している。

    私は、通った後、改札機を挟んで立ち、切符を受け取って、財布を出して、代金をつまみ出そうとしたとき、少し離れた改札機を通って中に入った若いサラリーマンのグループが、「ticket etudian !」と言いながら通っていった。

    「学生用切符だよ、それ。」と言う意味で、私に警告してくれたのだった。

    私が、「え~?、ticket etudian? (学生用切符なのか?)」と言いながら切符を見ると、切符の下端に小さな字で、「 学生 etudian のみ有効」の文字が書いてある。

    私が「ノン!」と言って切符を持つ手を向こうに伸ばし、相手をにらむと、相手は、「申し訳ない、ムシュー」と言って、すぐ大人用の切符を一枚出して、改札機に通して私に渡した。
    (検札が来た時のために持っている切符に刻印がされていることが必要。)

    私は、1.4ユーロを支払い、そこを後にした。


    少年達はあの学生用切符が一枚無駄になったが、おそらく、集団で買うグループに売り、改札機を手で押さえて集団を通すようにするのだろうと思う。

    学生用切符であることに気付かれたときに、全く動揺せずに、すぐさま大人用切符を出して改札機に通した様子など、そのようなことの経験があり、そのときどうするか決めているようだった。

    外国人と見て、大人用ではなくて学生用を売ろうとするなど、油断も隙もならないね。

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  • 12/07/02 00:33

    5) アメリカの田舎の結婚式(その5 参列者のネクタイの色で避けた方がいい色は?)

    結婚式に出る服装で避けた方がいいネクタイの色を花嫁側に問い合わせた。

    そしたら、男性は、着る服は黒または黒系のビジネススーツでperfectとのこと、
    そして、
    ネクタイは黄色とteal(青緑色)は避けて欲しいとのことだった。
    黄色は分かるとしても、tealはなぜ避けた方がいいのか分からなかったが、式に参列してみて分かった。

    式では、花嫁の付添人(英語で何とか言ったが忘れた)が3人並ぶが、ドレスのデザインはみんな同じで、色は全員tealだし、花婿の付添人(英語では best man となっていた)のネクタイの色は全員そろって同じ色のtealだった。

    アメリカの習慣は知らないが、参列者でこの色に近いネクタイの人は皆無だった。
    アメリカ人なら、誰でもこの色を避けるのは知っていることなんだろうね。

    参列者の若い人は、ダークスーツの人が多かったが、年配者では、比較的明るい色のスーツの人もいた。

    また、生成の色のコットンジャケットに、オフホワイト色のズボン、麦わらをきつく編んだ帽子(カンカン帽というのか、ひょっとしたら材質はパナマ?)でノーネクタイの人もいた(昔のアメリカの映画に出てくる紳士のスタイルのイメージ)。
    この人の奥さんは、派手目のドレスと大な飾りの付いた帽子で、夫婦でこれが礼装なのでしょう。

    紳士のカンカン帽スタイルは昔の映画の世界かと思ったが、現代でも生きているんだね。

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  • 12/07/02 00:30

    4) アメリカの田舎の結婚式(その4 レセプション、花婿が花嫁のガーターを投げる!)

    レセプション(日本で言えば披露宴)は、芝生に設けられた大きなテントの下で行われた。

    中央には芝生の上にフローリングの板が敷かれダンス用のフロアとし、周りにテーブルが並べられていた。
    短い挨拶の後、花嫁と父親のダンス、そのほかの人のダンスなどがあって、
    その後、プログラムでは、

    花嫁によるブーケのトス(花束を後ろ向きで投げる、日本でも行われる)があり、

    さらに、花婿によるガーター(花嫁のストッキングを止めるガーターのこと)のトスとなっている。

    ガーターを投げるって、どうするのかと見ていたら、以下のようだった。

    まず、ダンスフロアに椅子が持ち出され、そこに花嫁を腰掛けさせる。

    花婿が、前の方からウエディングドレスの裾を持ち上げ頭を入れて、と言ってもドレスの裾は長いので、背中の方までかぶってしまうが、ドレスの裾から後ずさりをして頭を出して何か取りだした。

    最初に取りだしたものは、イベント用の特大のパンツ、紫色のナイロン製で薄い(ちょっと見たところ男物かも)、これをみんなに見せて、花婿の付添人に渡す。

    次に、司会者が、次はガーターです、と言うと、また花婿はウエディングドレスの中に半身潜り込んで、花嫁のガーターを一個取り出した。
    イベント用のものだから、カラフルで幅は広い。
    これをみんなに見せると、拍手が少々。

    司会者が、独身男性はフロアに集まってください、と呼びかけるが、10才ぐらいの少年達以外の青年達はみんな尻込みして、積極的には出たがらない様子。
    親戚の人に、誰々は出なきゃ、などと促されてフロアに出て、トスしたガーターを拾う位置に付く。
    子供たちはやる気満々で、最前列でトスするのを待っている。

    新郎が、後ろ向きでガーターを人差し指にかけて上の方でぐるぐると回転し、その後投げた。
    集団の手前に落ちたので、前にいた少年の一人が素早く駆け寄って拾い、うれしそう。
    (拾うと何かいいことがあるらしいが、詳しいことは分からない。)

    その後、この少年はガーターを見せながらフロアをスキップして一周し、さらに、ガーターをはちまきみたいに頭にはめて、ムーンウオークみたいなダンスを披露し、満場の拍手喝采を浴び、得意げだった。

    (アメリカ、または元はヨーロッパなのかもしれないが、伝統的な行事は面白いね。日本ではここまで直接的なのはなさそう。)

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  • 12/07/02 00:26

    3) アメリカの田舎の結婚式(その3 式)

    式は屋外の芝生の上に椅子を並べて式場としていた。

    正面には祭壇はなく、門の形の飾りや、その他飾り付けがある程度。
    式を取り仕切るのは、イベント会社の人らしかった。(女性だった。聖職の資格があるのかもしれない。)

    式は30分程度で終了。
    最後に参列者が人垣を作り、式場を出る新郎新婦に花びらを投げかける。
    人垣を過ぎたところで、一緒に新婦について行った女児が花びらの入った手かごを新郎に渡すと、新郎はそのかご受け取り、二人の前1.5mぐらいの所に投げ、中から花びらが出て地面に散る。
    その後二人の抱擁。これで式は終了。
    (日本では、参列者が花びらは投げかけるけれど、新郎が花びらのかごを投げるのは見ないね。日本とは違う演出だった。)

    このあと夕方からレセプション(日本の披露宴に相当)。
    それまで、3時間ぐらいあるので、写真を撮ったり、オードブルと飲み物で屋外の自由な談笑。

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  • 12/07/02 00:24

    2) アメリカの田舎の結婚式(その2 お祝いのあげ方)

    お祝いの品をあげるのは、デパートなどで新郎新婦が選んだ希望品リストの中から、インターネットでアクセスして選定しクレジットカードで支払えばそれでいいのだろうけれど(招待状の中にその店のインターネットの案内などもあった)、うちの家族は、日本的なものをあげたいと、日本で購入し運んでいった。

    アメリカに着いてから、どのように渡すのか尋ねたところ、持ってきたものは、当日、入り口付近にお祝いの品の受付係がいるので、結婚のお祝いのカードを貼り付けて渡せばいいとのことだった。それに使うカードはどこでも売っているようで、途中のガソリンスタンドに併設されている店で買えた。ガソリンスタンドの店にあると言うことは、このようなものが相当ポピュラーなんだろうと思う。

    カードは、きれいな印刷で、結婚おめでとうなどの言葉が印刷され、20cm角程度で、見開きになっている。
    個人のお祝いの言葉を書き添えて名前を書く。

    当日、お祝いの品を持ってきた出席者は、20人ぐらいいた。それぞれカードが貼り付けられているか、大きめの紙袋の中にお祝いの品を入れ、カードはその中に一緒に入っているらしかった。

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  • 12/07/02 00:21

    1) アメリカの田舎の結婚式 (その1 前夜のウエルカムパーティ)

    両家は結婚式場として、田舎の貸しロッジのある地区を選び、招待客宿泊用に貸しロッジを2軒借り、1軒は新婦側親族の宿泊用、もう1軒は新郎側親族の宿泊用としていた。
    かなり大きい木造3階建ての建物で、寝室は、6~7室はあるようだった。

    前夜のパーティはウエルカムパーティと言っていた。ここのロッジの屋外で行われた。
    招待状には「ハワイアンでやるのでよろしく」と書かれていたが、どのような雰囲気でやるのか予想が付かなかった。

    アメリカ人は、ハワイアンと招待状に一行書いてあれば、男はアロハシャツや半パンと相場が決まっているようで、男も女もハワイアンの衣装を持ってきていた。
    イベント会社から、ハワイアンムードを盛り上げるための、造花のレイや、草の帽子、男性の腰に付ける化粧まわしみたいな布(前と後に下げる)、女性の腰蓑、造花の髪飾り、など準備されていて、みんな着ている衣服の上からそれらを着けてパーティになった。

    出された料理の目玉は、二頭の豚の丸焼きである。
    一頭の方には、花嫁のヴェール、プラスチックのぱっちりした目、化粧したプラスチックの唇、よく目立つ模擬の指輪を豚の前足や顔に着け、もう一頭には、目、ひげ、シルクハット、モーニングを模した服の上部だけを着けて、並べて手をつながせて正面のテーブルに置かれた。
    新郎を模した豚のもう一方の腕には、鉄の玉を鎖でつないで「もう捕らえられて逃げられない」というのを象徴しているらしい。
    (よく漫画などで見る、囚人の足に鉄の丸いおもりを鎖でつないで逃げられないようにする、あれを腕に付ける・・・花婿は花嫁に捕らえられて、どこへも自由には行けないよ、と言うことらしい。)

    豚の肉は、背中から下半身を花嫁の父が切り取り骨や内蔵は捨て、親族の女性が皿に盛る。胸から上はデコレーションとしてそのまま残しておく。
    その他、出された料理は比較的うまかった。

    ダンス好きの女性達は並んで、フラを踊ったりしている。

    パーティは11時頃にお開きになった。

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