元々は「1丁」というのは長さの単位109mです。

さすけねえの知っている地名で「八丁目」というところがあります。

ここは「ある場所」から872m程度の場所だったのでしょうね。

本来江戸の町は街道(=太い道)に沿って発達し道の両側に同じ町内が張り付いていました。

今の京都はそのルールのままです。

例えば江戸の本町一丁目、二丁目、三丁目ここを支配したのが江戸の町年寄3人です、各々独立した町です1つの町を3つに分けたのではありません。

http://s-mizoe.hp.infoseek.co.jp/mizoe003.html

それをむりやり道路で区切って適当に町名変更したのが戦後の東京なのです。

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