上げ潮のゴミみたいな旅ですから・・・ 世の中の移り変わりを実感するのも旅と存じます。 いつの間にか先進国の仲間入りしたつもりになっている間に 後から来た人たちが追いついてきただけのお話です。 私などは 海外に出るたびに今あることの幸運をしみじみ思います。あまり いわゆる発展途上国・・・この言葉はおためごかしの差別的ニュアンスがあってキライです、へは最近足を踏み入れてはおりませんが、それでも 私たちの暮らしの戦後からの経過を物指しに・・ああここまで来たかと感慨を新たにしてきました。 初めて海外へ出たときのこれらの国の路上の子どもたちに心が痛みましたが、その2-3年後には少なくとも その子どもたちが裸ではなくなり、ボロではなくなり・・、カッパライや物乞いであってもやせ衰えてはいなくなり・・。 幸い まだ旅に出ることが私は出来ます。 健康でそこそこの暮らしの上にです。 ・・・しかも この円安は欲張り?のこの国が自分たちの稼ぎを確保するための人為的・・・あるところまではでしょうが、なものなのですから その責任は広くは私たちの上にもあるとするなら・・ 。 歳よりは こんなことでエラソウな文句を言うと先行きの不安の中でそれでも雄雄しく・・・?頑張っている 次の世代の人たちに愛想をつかされますぞ・・・。 いえこれは 私が私に言い聞かせている事です。 エラソウなことをまた書いてしまいました。歳ですなあ・・。 しょせんは 表面を漂う気まぐれ旅。 亡き志ん生師匠のセリフではありませんが 上げ潮のゴミみたいなものです。 ゴチャマゼに走っている トラック競技場のマラソンみたいなもので 先頭にいたい人は先頭のつもりでいればいいのです。
これからは世界が一つに 少し先のことを考えると国境のない世界を想像します。 こうなると、自由に人が移動でき、通貨も一つで、私が懸念した問題も無く・・・。 ただ、人種に関係なく、持てる者と持たざる者(能力の有無で)の行き場がハッキリするのかも知れませんね? (余った多くの不要な人が切り捨てられる?)