需要と供給 既にお二方が書かれている通りだと思います。 需要がなければそこまで日本語がビーチボーイの間で広く使われていることはないでしょう。 軽薄な日本語が達者なビーチボーイを生み出す原因が(一部なのかどうか割合はわかりませんが)日本人女性の側にあることは間違いないでしょう。そういった日本人女性が誰一人相手にしなければ日本語を覚えたって、彼らだって貢物も得られず、うまみがないのですから。 >あまりにも日本のことに詳しく、話が具体的すぎるので、疑問に思ったのですが、日本人がイスラムやヒンドゥー教といった宗教にどっぷりとつかった国の人間に連絡先を教えたりするとは思えないのです。 「日本人が」というのも「イスラムやヒンドゥー教といった宗教にどっぷりとつかった国の人間」というのも先入観と偏った見方なのではないでしょうか? (是非は別として)信仰心の薄い日本人には「宗教」というと詐欺やテロ事件を起こすような危険な宗教をイメージする人も多いように見受けられます。 ちょっと気になったのですが、「どっぷりとつかる」という一般的に否定的に捕らえられるで表現で一国の人間を語るのはあまり適当でないのではないかなと思います。現地で嫌な思いをなさったからだとは思いますが、軽薄なビーチボーイがかの国の国民の代表ではないのですから。 そういったビーチボーイにしてみればcocoamix23さんも含めて「日本人女性というのは男を求めてバリへ来ている」と一括して同じ日本人女性として先入観と偏った見方で接してきたのかもしれません。 「本当のこと」を知る為には極力先入観を取り払って客観的に物事を見る必要があるのではないでしょうか? クタビーチでビーチボーイをはべらす日本女性=日本女性の典型と思っているビーチボーイの見方も、「日本人はインドネシア人に連絡先を教えない」も「本当のこと」ではありません。 友好的な人であればどこの国であっても現地の隣人と程度の差はあれ交流するでしょうから。 「一般に保守的だと思われる日本人女性がビーチリゾートで羽目をはずしてちょっと知り合っただけの現地人男性に連絡先を教えたりするとは思えない」という表現であれば共感を抱く方も多いかと思います(「そうあるべき論」が主となるでしょうが)。 なんにせよ宗教だけでなく異文化に対しては敬意を持って接したいものです。
お盆、クリスマス、お葬式、結婚式と 宗教に節操のない日本人が、宗教について、特にこの場において語るのは、まさに場違いのような気がしますが。 外国人にとって、宗教とは人生そのもの以上の存在と思います。