06年、9月。リスボンの中心地・ロッシオ広場。
そのすぐ近くの宿「エスタサオン・セントラル」を利用していた僕は、ある昼下がり、宿から広場に出る細い坂道で女性に声をかけられた。
「Que hola sao...?」(今何時ですか…?)
時間を教えると、次に両替所がどこにあるかを訊ねてくる。
困っている様子だったので話を聞くと、彼女は途中から英語に切り替え、以下のようなことを喋った。
・自分は南アフリカから学会に参加する為にやって来た学生である
・あと1時間以内に会場(国際公園付近)に到着しなければならない
・空港のロッカーに預けた荷物の中に米ドルやカード等が入っており、手持ちのお金は南アフリカのランドしかない
・近くの両替所は一通り回ってみたが、どこもランドを受け付けてはくれない
そこで、テージョ川の方へ散歩に行くところだった僕は、道すがら彼女と両替所を探しながら歩くことに。
「これってもしかして"地球の歩き方"(06~07版P.59 トラブル投稿集)に書いてあった、観光客騙しの女性かな…?」
という疑念を抱きつつ、会話を続ける。
南ア出身なのに何故ポルトガル語が喋れるのかを訊ねると、生まれたのはモザンビークで、そのまま10歳位まで育ったこと、その後南アに移住したこと、そして大学に入り、今は夢の為に勉学に励んでいることなどを説明してくれた。
笑顔で分かりやすく話してくれる様子や、その話の内容に好感が持てたことから次第に彼女に対する警戒心は薄れ、会話が弾んでいく。
そして気づけば両替所が見当たらないまま、川の畔のコメルシオ広場まで来てしまっていた。
学会が始まるまであと30分ほど。それから以下のような会話が展開された。
彼女:「時間がなくなってきちゃった。もしよければ私のランドと貴方の手持ちのユーロを両替してはもらえないかしら?」
僕 :「でも、交換比率が分からない」
彼女:「じゃあ、よかったら会場までの交通費を貸してはもらえない?」
僕 :「いくら必要なの?」
彼女:「空港経由で会場まで行くのにはどうしたらいいのかしら?料金はどれ位かかるんでしょう…?」
僕 :「地下鉄の空港最寄駅までは1ユーロで行けるよ。でもその駅から空港までは結構距離があるね。さらに地図を見る限り、空港から会場まではタクシーを使った方が良さそうだ…」
彼女:「タクシーだとどの位かかるかしら?」
僕 :「リスボン到着日、深夜に空港からこの辺りまでタクシーで来た時は18ユーロだった。それから計算すると、空港から会場のある地区までは6~7ユーロってとこかな…。」
それまでの会話ですっかり打ち解けていたことと、彼女のとても困っている様子への同情から、僕は計25ユーロを貸すことにした。
すると彼女は、ギリギリの額だと心細いから余裕を見て30ユーロ貸して欲しいと言う。
僕は結局30ユーロを手渡した。
彼女はお礼を言いながら僕の氏名とホテルの住所、電話番号、部屋番号を聞き、明日には返しに来ることを約束。僕が不在の場合はフロントに預けるつもりだが、できれば御礼に食事でもご馳走したいと言った。
そして携帯電話の番号を紙にメモして僕に渡した。彼女の携帯は世界中で使えるもので、ここでもつながるとのこと。
僕は番号の最初の2桁が南アの国番号であったことから、彼女は嘘をついていないと思い、笑顔で手を振り彼女を見送った。
しかし…。
次の日も、その次の日も、ホテルに彼女からの連絡はなかった。
よく考えて見れば、出会った場所といい、南アの学生という設定といい、空港までの交通費に困っているという状況や30ユーロという額といい、"地球の歩き方"のあの投稿集に掲載されていたパターンと酷似している…。
いや、全く同じ…。
自分は騙されまいと思ってはいても、目の前に困った人が現れれば、信じてあげたい、助けてあげたいとつい思ってしまうのが一般的な日本人ではないだろうか。
世界に出た時にも、普段の癖からそんな性善説に基づいて行動してしまう甘い日本人の特性を、きっと彼女は熟知しているのだろう。
人を疑わない上に金も持っている日本人。
ひょっとしたら彼女はそんな日本人専門に商売をしているのかも知れない。
僕が比較的簡単に客になったことで、彼女はより一層自分の腕に自信を深め、自分の商売に愛着を覚えたに違いない。
騙し取られた金額以上に、人の好意を食い物にする彼女のような人間を増長させてしまったであろうことが痛手であり、悔しく、後に彼の地を訪れる日本人旅行者たちに対しても責任を感じる。
もう同じような被害に遭う方が出ないよう、どうか注意して頂ければと思う。そしてその為にこの投稿が役に立ってくれることを願う次第である。