Re: マイレージサマリーは楽しい >さて、このマイレージ、諸説あるそうですが、一体いつ頃から、 >『庶民』レベルで、「特典」として、使えるようになってきたので >しょうか? 1980年代、1990年代の2説があるそうですが? 1980年代でしょう。私がはじめてマイレージで無料航空券をgetしたのは、1989年にユナイテッド航空です。ビジネスクラスでアメリカ往復したら、東南アジア往復エコノミークラスと交換できましたので、シンガポールへ行きました。 >1回の旅で、一番溜まったのは、どの路線でしょうか? >また、ボーナスマイレージ含め、どの程度溜まりましたか? 1991年にリオデジャネイロ往復を、NRT-(UA)-JFK-(PA)-リオ-(PA)-JFK-(JL)-NRT(全区間ビジネスクラス)としたとき、PA(懐かしのパンナム)がUAと提携していたので、上記ルートの3/4がUAのマイレージで貯まりました。手元に記録がないので、不正確ですが3万マイル位ではなかったかと思います。 現在JLでマイルを貯めています。昨年2倍マイルキャンペーンをしていたとき(現在も継続中)、ビジネスクラスでパリ往復したところ、ボーナスマイルを合わせて36734マイル貯まりました。長距離を乗ると、2倍マイルは強烈に効きますね。
日本で一般的になったのは 日本で一般的になったのは1990年代でしょう。 1990年代に日系、アジア系、ヨーロッパ系がFFPを次々と開始してからでしょう。 無償航空券のFFPが始まる前から、JL JGC,NH SFC,CX MARCO POLO CLUB,SQ Priority Passenger Service(現PPS Club),BA Executive Clubなどの顧客優遇のメンバー制度は存在しました。 無償航空券のFFPの一番最初はAA AAdvantageです。 過去の一度一番加算したのは、NWでJFK-NYCをCクラスで往復した時に、 13,490 + 13,490(ダブルマイルキャンペーン) + 16,864(プラチナボーナス) + 6,746(クラスボーナス) = 50,590マイル それとSQでNRT-SIN-LHRをCクラスで往復した時に 20,180 + 20,180(ダブルマイルキャンペーン) + 5,044(エリートボナスマイル) + 5,044(クラスボーナス) = 50,448マイル 以上2回で5万マイル以上になりました。 それ以外でも9.11後各社がダブルボーナスキャンペーンを行っていましたので、自然とたまりました。
FFP誕生は1981年 FFP黎明期のことが気になってきたので、少々調べてみました。 FFPはアメリカン航空が1981年に開始し、またたく間に全米に広がりました。アメリカの航空会社のFFPには日本在住でも参加することができ、初期のマイラーが群がっていました。90年代初めまでマイラーには、UAやNWの日本-北米-ヨーロッパの格安航空券の利用でマイルを貯めることが流行っていました。私は1989年にUAのマイレージプラスに参加し、以来マイラー歴17年になります。 JALは1993年11月にJALスカイプラスとして発足しました。法的規制により無料航空券の配布ができなかったので旅行券との交換でした。これ以前から海外顧客に対して無料航空券の配布等のサービスがあったようです。 1994年11月には、法的規制をどのようにクリアしたかは定かではありませんが、マイルと航空券との交換が可能となりました。マイルの蓄積は国際線のみで国内線は対象外でした。国内でFFPが一般化していったのは、この頃です。 1997年4月からは、JALマイレージバンクとプログラム名が変更になり、国内線マイルもカウントされるようになりました。 ANAも概ね同様と思います。 以上、十分とは言えない資料から調べましたので、誤り等があればご指摘いただければ幸いです。
規制緩和で始まったと・・・ 米国内の規制緩和政策で それまで州単位で保護されていた路線が一挙に崩壊し、競争激化でバタバタ小さな地方間航空会社がつぶれて今に残る大手中堅間の競争の時期が マイルシステムの登場時機なのではないでしょうか。 電話で予約、カードで支払、マイルのオマケ・・・。 その後 ヨーロッパのECから EU時代のこちらも国境無し時代でマイルシステムが急速に広がったと記憶しています。 マイル競争が グループ化を促進し 広域路線網を再編成する・・。結果 寡占化が進み 貯めたマイルがドンドン使い難くなる・・・なんて事にならなければ いいんですが。
「自然と溜まる」 筈だが??? 世紀末には、「マイレージ会員」という事に興味が無かった為、 そんなに気にしなかった・・・ 実はAFは前から利用していた割に、JALに加算して、その マイレージはゴミ箱行きになってしまったり、3往復分は捨てて 来たような気もする。 世紀末には、インターネットで「マイレージサマリーを楽しむ」 癖がなかったので、1往復どの程度溜まるものか、ちっともわからなかった。 AtoAさんの、アメリカ往復のマイレージ加算歴を拝見し、 一体私の捨てたマイレージは、20世紀末はどーなったのであろうか? という気になり、ちょっくら気分が釈然としないので、ココアでも 飲むべ、と思った。 しかしだよ、その「ココア」 参与で給料も多いおっさんが、何故私のココアを狙うのぢゃ~!!! 悔しいので、今は隠している。 嗚呼私のマイレージは、どこに隠されてしまったのであろうか? 今はSkypassとFlying Blueにしか無いな。
ラテンアメリカは3万マイル、オセアニアは1・2万マイル 電子スピン共鳴さん、こんにちは。 えっと、と思ってAir FranceのHPをごそごそ探してました。 今、キャンペーン中で、ビジネスクラスで、ヨーロッパ往復した 場合、2万マイルボーナスが付くそうなんです。 --------------------------------------------------------- (ビジネスクラス) 通常獲得マイル ボーナスマイル 合計獲得マイル プラチナ会員 34,660マイル 20,000マイル 54,660マイル ゴールド会員 31,270マイル 20,000マイル 51,270マイル シルバー会員 27,878マイル 20,000マイル 47,878マイル アイボリー会員 21,096マイル 20,000マイル 41,096マイル ----------------------------------------------------------- となると、このキャンペーンって、ビジネスクラス支払えれば、 太っ腹なんですね(苦笑)いや・・・このお金支払うよりも、 スペインにリピートしたいのが現実だ。 JALは一度挑戦しましたが、どうしても失効してしまうので、諦め ました。最近は何でもかんでも、AFに入れています。 うーん、オセアニアって、フランスまでと同じ位の距離なんだ、 と思いました。
Re: ラテンアメリカは3万マイル、オセアニアは1・2万マイル 旅クマ--chan BOKU--wa--マイル--ni--kyoumi--ga--nai--node--zenbu--ageyo-ka ?? 1/14 ---ni--NARITA--de--shiri-atta---CHOU--BIJIN--no--フランス--jin--oyako--wa PARIS--kara--フランス--ryou--オセアニア---made--yuku--noni SHINYA--made--matte--imashita. PARIS--kara--mireba--chikyu--no--hantai-gawa--de BOKU--tachi--ga--BRASIL--wo--mezasu--noto--onaji--kan-kaku--desu. FUTUu--ni--ton-demo-- 24-jikan--nanoni--NARITA--de--oohaba--okure--de--kawaisou--deshita. 24 -jikan--wo--sugi-reba--nan--demo--onaji-kana ?....tte LATINA--wa--rakuten--teki--de--ii--desune..(warau)
私の記憶では・・ 電子スピン共鳴さま こんにちは。 私が米国滞在中 我が父がPA(パンナム)のマイレージカードらしき物を 持っていたような気がいたします。 80年頃だったような・・・・・・ 定かではございませんので 他の方のレスを期待いたします。
懐かしのパンナム 80年代にはアメリカの大手のエアラインはマイレージ制度を持っていました。それが80何年、あるいはそれ以前なのかは知りません。 主題からは離れますが、パンナムが倒産したのが確か1991年で、私はその約半年前に乗りました。B747だったのですが、操縦席窓近傍で補強板がリベット打ちされたボロイ機体でたいへん不気味でした。