Re: ドロミテ/南チロル

何時かの戦争は・・・2度、初めは第一次世界大戦です。この後今私たちがチロルと呼ぶオーストリー領の北、東チロルと切り離されてイタリア領となり、現地の呼び名がドロミテ・・・ではなくなり?ました。 アルタバディアはその後の呼び方のようです。

第2次大戦でもドイツ軍が米軍と熾烈な戦闘を行いました。トリチメを遠望できるオーストリア/イタリア間の街道を一点ににらむ遥かな山腹の山肌ふかく未だに砲台あとの壕が残り見物できます。といっても誰でもではなくかなり体力のアル人でないとたどり着きもぐりこめない険しいコースとのこと。ほかにもコルチナダンペッツオの裏側?、ほんとはこちらの方が主流らしい・・・の峠周辺も山岳要塞あとで激戦地だったとのこと。 いまでは静かできれいなところですが。

イタリアがEUに参加するまではヨーロッパで一番コストの安いスキー場と言われていたようですがいまはかなり上がったようです。でもまだまだスイスや
オーストリア、フランスに比べれば・・・。ここも1週間単位なのが私たち日本人には少々行きづらい気がしますが。

ここの有名なコースに2千メートルを越す三つの峠をリフトを乗り継いで一巡り一日コースというのがあります。

この辺の人たちはまだまだオーストリア風のおっとりした気風でいわゆるイタリア風のチャカチャカ?(イタリアファン殿ごめんなさい)したところがありません。服装もチロル風なら食べ物も ・・・といってもイタリア風のおいしいものはしっかりあります。

まだスキーは経験していません。 狙ってはいるのですが・・・。

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1件のコメント

  • Re^2: ドロミテ/南チロル

    >現地の呼び名がドロミテ・・・ではなくなり?ました。 アルタバディアはその後の呼び方のようです。

    そんな歴史的背景があるとは知りませんでした。実はこの年始にアルタバディア近辺に行く予定なのですが、欧州アルプススキー場ガイドブックに載っていた美しい岩山と雪の景色に、ただ行きたい!と思っただけで、そんな歴史があったとは・・・

    イタリアのおいしい食事はやっぱりありますよね~?いろいろ話を聞くとチロル色の食事(僕は苦手)に近いと、言われたので、うまいピッザが無いのか??と不安でたまりません。

    しかし、この地方アクセスが大変ですね。今いろいろプランを検討しているのですが、インスブルック、ベローナどちらも問題があって・・・

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    Re^3: ドロミテ/南チロル

    一番代表的な入り方はベニスからバスでしょう。 ともかくコルチナダンペツオにはいります。 まあここが一番大きい町ですから。

    もうひとつはボルツアーノから入る方法。確かチューリヒ、ウイーンから飛んでいます。 飛行機が小さいので大荷物の時は要注意みたいです 。とくに大人数のときは・・・。

    食べ物はイタリア風な味とオーストリア風が混在しています。何しろイタリア人も押しかけます?から。

    面白いのはホテルのレストランで夕食の際ボトルを頼むとチャント翌晩まで残りをキープしてくれる事。つまりそのテーブルが翌晩も・・と。
    つまりムリして飲みきらなくてもいい・・・。 これってオーストリア風でしょうか、イタリア風でしょうか、それともドロミテ風・・・?。