「インド最後の夜」と書いたが、「インドが消滅する」という意味ではない。
別に、インドが消滅しても構わない、とは思うが。
私のとっての、「インド最後の夜」という意味である。
3月に入り、コルカタはめっきり暑くなった。
日本で言えば、7月だろうか。
私は、ホーリーの前に、インドを去ることにした。
「もう少しインドにいたい」という気持ちは、みじんもない。
長かった。
どのくらいインドにいたのか、ここに書くのが恥ずかしいくらい長かった。
飛行機は真夜中の便だった。
私は、当日夕方、サダルストリートに、タクシーを探しに出かけた。
若いタクシーの運転手と、話がまとまった。
「夜9時に○○ゲストハウスへ。空港まで220ルピー」
220ルピーというのは、運転手の言い値だった。
220という半端な数字から、相場は200ルピーで、1割増で220ルピーだとわかった。
私は、夜だし、もっと、高い金額を予想していたので、OKした。
運転手は、紙に自分のタクシーのナンバー、自分のケータイの番号を書いて、私に渡した。
夜9時ごろ、ゲストハウスをチェックアウトした。
タクシーの運転手は、ゲストハウスの入り口に来ていた。
私は、宿の従業員に、スーツケースを運んでもらった。
タクシーの運転手は
「タクシーが違うんだ。運転は兄がする」
と言った。
確かに、タクシーが、別の車だった。
トランクにスーツケースを入れ、私が後部座席に座ると、運転席には兄とやらが、助手席には弟が座った。
タクシーが走り出すとすぐ、助手席の弟が大声でケータイで話し出した。
うるさかった。
このタクシーは、私が借り上げたものであり、私に支配権がある。
空港まで、騒音を我慢する理由はない。
大体、1つのタクシーに、ふたりの運転手はいらない。
私は、助手席の弟の肩を叩いた。
「Noisy.Get off」
タクシーが止まり、弟がタクシーから降りた。
タクシーは、しばらく走ると、ガソリンスタンドに続く車の列に並んだ。
「ガソリンがないのか?」
私は尋ねた。
タクシーのあんちゃんは、メーターを指差した。
「私のところに来る前に、ガソリンを入れておくべきだろう」
なんて、インド人に言っても始まらない。
私は、飛行機の時間があるので
「How long does it take?」
と聞いた。
すると、タクシーのあんちゃんは
「ファイブハンドレッドルピー」
と答えた。
私は、ガソリンを入れるのに、どのくらい時間がかかるのか聞いたのに、聞き間違えたのかな?
私は再度
「How long does it take?」
と尋ねた。
あんちゃんは、「ファイブハンドレッドルピー」と繰り返す。
どうやら、あんちゃんは、私が、ガソリン代を出すと思っているらしい。
空港へ急いでいるから、あせって出すと思っているのかな?
私はもちろん、出すつもりはないが、こんなうさんくさいタクシー、かえたほうがいい、と判断した。
幸い、通りには、まだ、車の往来が多い。
私は
「このタクシー、空港まで、行けないのか?それなら、タクシーをかえる」
と言った。
タクシーのあんちゃんは、「行けるよ」と言って、車を列から出し、車道を走らせ始めた。
しかし、すぐ、ガタガタっと、車が止まった。
ガス欠ではなく、エンジントラブルだった。
少し走っては、また、止まった。
ダージリンでの事を、思い出した。
ダージリンから、バグドグラ空港まで、タクシーに乗ったとき、途中でタクシーが故障し、立ち往生したことがある。
こんなタクシー、一刻も早く、かえるべきだ。
「Stop!」
私は、叫んだ。
(つづく)