レポート

オーデル・ナイセ線を訪ねて(ナイセ川)・・・・ムスカウ公園/ムジャクフ公園その1

公開日 : 2015年03月12日
最終更新 :

 ベルリンの二日目、いよいよオーダー川、ナイセ川の探訪のムスカウ公園行きである。ベルリンから行けるぎりぎりの遠方地とは思っていたのだけど・・・

 ここも行き方についてがいまいちで、歩き方ではドイツ編ではドレスデンから2時間以上、ポーランド編ではヴロツワフからバスで数時間とこっちの方はガイドにもなってない。例のDB Navigatorで調べたところ、とりあえずは最寄り駅のWeisswasserに行けば、公演の最寄りバス停のBad Muskau Kircheまでのバスにも乗り継げる。ということで、Zoo駅→Cottbus→Weisswasser(Oberlausitz)というルートで行くため、7:28発のコトブス行きのREをZoo駅で待った。

 気になるのがWeisswasserについているOberlausitzという単語で、これがHbfとかであれば悩まないのだけど、何を意味するのか・・・そもそもBad Muskau Kircheというバス停はロンプラに出ていたのだけど、こちらもヴァイスヴァッサーからバスがある、というだけで、正確な駅名は書いてない。そもそも都会みたいに、駅がたくさんあるようにも見えないし・・・。

 結果として、Weisswasser(Oberlausitz)が中心駅で、この駅しかないことは現地で分かったのだけど、Oberlausitzというのは、ドイツの数少ない少数民族のスラブ系ソルブ人の居住地域のことで、ザクセンとプロイセン(ブランデンブルク)に跨っているという。この地域は旧DDRの時代から、ブランデンブルクとザクセンいったりきたりしたということは聞いていて、プロイセンとザクセンの違いにはうるさそうな(?)この地域の人たちにしては不思議な話だと思っていたら、それを超越した地域名らしい。

 Zoo駅でやってきたのは「東ドイツ鉄道」の車両であった。「東ドイツ」という言い方は初めて聞くので、不思議にな気分だったが(鉄道編で後述)車両はきれいだし、快適である。車掌はDBと同じ検札機器を持っている。

 旧DDRの地域を鉄道で行くのは、ベルリン-ハノーファーの線を除いて初めてである。コトブスまでのいわゆる「シュプレーバルト」地域もおもしろいそうなのだけど、今日は弾丸である。途中のLuebben(Spreewald)から、ソルブ語との二重表記が始まりLubin(Btota)と書かれている。ポーランド語には近いらしいのだけど(WeisswasserはBeta Wodaと表記する。)そもそもポーランド語も分からないため、さっぱり分からない。ちなみにソルブ語というのは、今は日常的に話されている言葉ではなく、二重表記はどちらかと言うと「少数民族の言語も守っていますよ。」的な意味合いが強いらしい。

 コトブスでの乗り換えはスムーズ。やはり東ドイツ鉄道のディーゼルカーがやってきた。かれこれ二時間近くかかってヴァイスヴァッサーに着いたが、単線駅で上下線とも同じホームに着くのはともかく、駅舎は「日曜日のため」閉まっていて、駅前にも何もない。バス停でBad Muskau行きのバスがあることは確認したが、日曜日は一日4往復。帰りに乗り過ごすとアウトである。一時間近くあるのだけど、日曜日のせいもありお茶するところでさえ何もない。この寒風の中、たたずまないといけないのかと、駅前の道を五分くらい歩くと、高台にコーヒーショップが見える。入ることにした。このショップ「ドライスィッヒ」(人の名前だそうだが、面白い名前があるものだ)はサンドイッチとケーキのチェーン店なのだけど、不思議なチェーン店である。
http://www.baeckerei-dreissig.de/catalog/9/sortiment

本店がグーベン(この町もナイセ川で分断され、ポーランド側はグービンという街である。)で、1911年創業というと、旧DDRの時代はどうしていたのか(ドイツ語で説明書きがあったが、読めない。)・・・今も店舗のほとんどがブランデンブルクとザクセンの東側にあり、ほとんど村レベルのBad Muskauにも支店があり、昼ご飯はここでサンドイッチを食べた。多分、ベルリン出店が悲願なのではないかと思う。ケーキは食べなかったがサンドイッチはおいしい。こういう旧DDR起源の企業は単純に応援したい。(そういえば、アウディは元々ザクセン州の四つの自動車メーカーが合併してできた会社だそうで、BMWのザクセン版であることも今回知った。)

 

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2件のコメント

  • アウディ本社がインゴルシュタットなのはなぜか?

    アウディ本社がインゴルシュタットなのはなぜか?

    ザクセンではなくバイヤン。理由が知りたいですね。
    Audiにそれほど興味がなく放置ですが・・・


    Ingolstadt Hauptbahnhof を鉄道で利用(通過)するとAudiの新車が白い養生シートに覆われている貨物列車によく出くわします。しかし、ミュンヘン中央駅ではBMWのそれが見たことはない。
    しかしVWのほぼ完全子会社ですね、現在。
    アウディといえばクワトロ。一度乗ってみたい気がしますね。
    グリルの代名詞シングルフレームグリルも「浸透」してきた感がありますね。
    BMWのキドニー、そうそう最近顕著に増えてきたメルツェデスのアバンギャルドエンブレム(フロントグリルのスリーポインテッドスター)に比べると存在感は薄いですね。
    レクサスやトヨタ社の一部ののスピンドルグリルはアウディの模倣でしょうね。

    トヨタはかつてアベンシスに B-spec=エンブレムがBMW
    http://matome.naver.jp/odai/2134519433723066001/2134668646746407303
    ヴェロッサがアルウファロメオのパクリと揶揄されましたね。
    (ヴェロッサは、イタリア語の真実(Vero)と赤(Rosso)からの造語みたいで、知ってってやってるのですね。)

    FRにこだわっていたBMWも2シリーズで始めてFFを導入しましたね。まぁこれもメルツェデスのBクラスへの対抗馬ですね。明らかに。

    ブガッティも同じくVWの子会社的関係。ベルリンのフリードリヒシュトラーセとウンターデンリンデンの交差点のテナントにヴェイロンが佇んでいます。写真撮り達でいつもにぎわってます。(私もですw)
    ベルリンに行かれたのでしょうか。ご覧になりましたか?

    ちなみにBMWは素状秘密主義のクヴァント家がそのオーナーであります。
    私も実際に行った方に聞くまで知りませんでしたが、ミュンヘンに「特別に設置されたBMW関係者のための見学場」があります。

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  • オーデル・ナイセ線を訪ねて(ナイセ川)・・・・ムスカウ公園/ムジャクフ公園その2

     バスは定刻に来た。車内放送のテープ(もちろんドイツ語のみ)が流れるのだけど、念のため、グーグル先生に地図上で追っかけてもらった。30分ほどでBad Muskau Kircheに着く。着いたが、分かりにくい観光案内看板があるだけで、公園がどっちなのかも分からない。ロンプラも~kircheで降りるところまでしか書いてない。地面は雪がそこそこあって歩きにくい。・・・とにかくナイセ川の方に降りてみた。すると前方に「新城」が見えた。あっちの方か・・・。

     その「新城」の近くに公園の入口があるのだけど、確かに広い公園である。が雪景色の原っぱが広がるだけで、この公園の何がすばらしいのか、さっぱりわからない。が、今日はナイセ川にたどり着き、ポーランドに入国するのがまずは大事な目的である。ナイセ川の方に歩き出した。

     簡単にこの公園の由来を書くと、プロイセン時代にいたムスカウ侯爵と言う人(ライプチヒ大学出身なので、メルケルさんの大先輩にあたるが・・・余談だけど、メルケルさんが11日まで待たずに帰ったのは、原発の話が政治問題化するから・・・とのことだけど、いずれにしろなかなか難しい訪日だ、と思いました。)が自分の領地に(ちょうど真ん中に川も流れてるし・・)英国式庭園を造ったところ、第二次大戦では戦場になり(これはいかにも戦場になりそうな地形で納得。)戦後は、その川(ナイセ川)を国境になってしまったため、二か国にまたがる公園になりました、というもの。

     ナイセ川は目黒川を土の上に流した感じ、とでもいうべきか、ほんとに小川である。子供でも歩いて渡れそう。中洲がある部分に橋がかかっていて手前にドイツ領を示す柱、向うにポーランド領を示す柱(国旗にちなんで紅白で分かりやすい。)が立っているだけで、検問はおろか、小屋さえもない。この時になって「シュンゲン協定が発効してから、シュンゲン国同士を『徒歩』で越境する。」のは初めてということに気付いた。ポーランドで施行されたのは2007年なので、そんなに古くはないが、徒歩や車でも何にも「検問」がないのね。・・・このBad Muskauでは、もう一本自動車道がポーランドにつながっていて、あとはこの井の頭公園の橋みたいな小さな橋の二か所である。ポーランド領に入ったが、公園なので周りは何も変わらない。看板はもともとドイツ語とポーランド語で書かれているので何も変わらない。ポーランドに入った証がほしい。

     少し上がると、ポーランド側の案内所があったが、冬季は閉まっている。はるかかなたに民家が見えるが、近くにお店もない。仮設トイレがあったので拝借して、ドイツに戻った。「ポーランドに何をしに行ったんですが?」「トイレを借りました。」・・・ということで、ポーランドの訪問の証はフランクフルトで考えることにした。

     ポーランド側からも公園が一望できるが、もともと同じ国だったせいもあるが、特段、ポーランドからの景色とドイツからの景色が違う訳でもない。まあ、公園が一番きれいな、夏に来てから論評しないと不公平かも知れない。寒かったが、ナイセ川の川の上でしばらく佇んだ。これがドイツが敗戦によって受けた「罰」の最も大きなものと思うけど、こんなちっぽけな川とは・・・でも、シュンゲン協定によって、往来に関しては何も制限がなくなったのは、ある意味皮肉だよなあ。

     一時間もいなかったと思う。とにかく寒かったのと、冬は何もなく、目玉のお城も閉まっていて、レンタル自転車で国境越え、というのも出来ず・・・また、夏はヴァイスヴァッサーとバート・ムスカウ(kircheよりはだいぶ手前の街の中心)まで、ムスカウ森林鉄道という蒸気機関車が引く鉄道も走っているので、やっぱり行くのは夏ですね。
    http://www.tv-asahi.co.jp/train/contents/germany2/0918.html

    13時頃のバスで戻って、コトブス行きのディーゼルカーに乗った。

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    国境を歩いて渡る.......

    高島たいらさん、こんにちは。
    先日来のトピック、いずれも楽しく拝見しています。


    ところで、今回のトピック。
    こんなところで、ドイツからポーランドに「歩いて」入れるのですね!

    オーデル・ナイセと言えば、しかとは知らないものの、名前だけはしっかり刻みつけられている感がありますが、えーっ、目黒川(って実は知らないのですが)ぐらいの小川だったとは~

    おかしなことに(おかしくない?)Google mapでは、ポーランド側のストリートヴューは見られるのに、ドイツ側が設定がないみたいなんです。
    公園は見てみました。
    派手な大きな建物が、「新城」でしょうか?


    ~あまり関係ない話になってしまいますが、実は最近、「グランド・ブダペスト・ホテル」という映画を見ました。
    物語は架空の国の話なのですが、ロケが、この公園の少し南の町、Gorlitz(oにはウムラウトあり)であったようなのですね。
    物語としての設定も、東欧の、とある国境の町、ということで概ね重なります。
    その記憶も新しかったので、こちらのトピックに特に心を惹かれた次第です。
    ドレスデンからほとんど真東の国境の町です........
    と思ったら、ご紹介の、「世界の車窓から」にはいっていますね、9月13日です。

    この映画はごらんになりましたでしょうか。
    ドレスデンに行く前にこの映画を知っていたらちょっと足をのばしましたのに、残念です。